月下紫舞

□序章 歯車
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 太陽の光が燦々と照りつける中、瑞々しい草花が鮮やかに咲き乱れる広い庭で激しい口論が繰り広げられている。
 漆黒の長く美しい髪を風に靡かせながら一人の女性が武装集団に向かって叫んでいる。女性の隣にいる男性も、激しく喚き散らしていた。

「母様、父様!」

 おい茂った草木の間から小学生くらいの少女が飛び出そうとした。

「ダメだ、珠稀。今行ったら君も連れて行かれる」

 飛び出そうとした少女の服を掴んで茂みの中へ連れ戻した少年が、首を横に振りながら少女の手をしっかりと握った。
 珠稀と呼ばれた少女は今にも泣き出しそうなほど歪んだ顔を少年に向ける。

「でも、でも、母様と父様が……」
「大丈夫だよ。棗さんと湊さんはあんな奴らに負けたりなんかしないよ」

 泣きそうになるのを必死で堪えている珠稀の頭を微笑みながらそっと撫でた。珠稀は唇をかみ締めて大きく頷く。
 茂みの隙間から僅かに見える、武装集団と言い争う二人を固唾を呑んでじっと見守っている。
 声が聞こえないため何を話しているのかはわからないが、女性と男性は武装集団に必死で抵抗していることだけはわかった。
 一向に抵抗をやめない二人に武装集団のリーダーらしき人物が深いため息をついた後、人差し指を二人に向けて何かを命じた。その瞬間に周りを取り囲んでいた武装集団が二人に詰め寄る。
 息を呑んだ珠稀が飛び出そうとするのを少年はしっかりと捕まえて止める。
 武装集団に詰め寄られた二人は戦闘体制をとって右手に黒い物体を創り出したが、平然と見ていたリーダーらしき人物が何かを呟くと動きが硬直し、黒い物体は消えて手を下ろしてしまった。
 その瞬間を逃すわけもなく武装集団が銀色の刀で二人を切りつけた。
 赤い鮮血が舞い散る。
 かなり深く切りつけられた傷口はすぐに治癒を始めたが塞がらず、二人の体は徐々に動かなくなり、石化したように動かなくなってしまった。
 茂みから立ち上がった珠稀は泣き叫びながら動かなくなった両親の元へ走りよろうとする。その力の強さに思わず手を離してしまった少年が急いで珠稀を抱えて茂みの中へと再び隠れる。
 手足をジタバタさせて放せと泣き叫ぶ珠稀を止めながら、少年は唇をかみ締めた。
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