月下紫舞

□第四章 惜別
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 からりと晴れた空からは少し弱くなった日差しが相変わらず照りつけてはいるものの、吹き抜ける風が少し冷たくなったような気もする、九月の初め。
 まだ夏を引き摺っているものの、秋という季節に変わったという認識だけで体感温度が変わっている。

「夏休みの課題を順番に後ろから回して。ちゃんと名前書いてあるか確認しろよ」

 教壇の上に立った暁が、教室に久々に集まった生徒達を見て言った。夏休みで実家に帰省したり旅行に行っていた生徒達はまだ自由気ままな夏休みを引き摺っている。
 いつもより一際騒がしい生徒達を相手に暁はどこか苛々しながらも夏休みの宿題として出されたレポート課題を集めた。

「明日からもう授業始まるから休みボケした頭を今日中に叩き直しておけよ。それと、秋冬用の制服に変える準備も今日中にしておくこと。聞いてるのか?」

 課題の数がちゃんと人数分揃っているかを確認しながら話していた暁は、あまりの煩さに顔を顰めながら教室を見渡した。
 吸血鬼は五感が優れているため当然のように暁の声は聞こえているはずだが、それが頭に入っているかどうかは別問題だ。

「静かにしないと髪の毛燃やすよ」

 無表情な冷たい眼で見据えながらポツリと呟いた暁の言葉に、生徒達は一瞬にして口を噤み、楽しげに談笑していた顔からは笑顔をふっ飛ばして真剣な表情を貼りつけた。
 暁はとりあえず静かになったことに溜息をつきながらも、諸連絡を続ける。

「卒業試験の日取りが決まったから。詳細は談話室の掲示板に貼りだすから各時確認して受ける者は僕に申込書を取りに来ること。それと親戚とかでここを受験したいって人がいるなら案内をあげるから」

 静かになった生徒達を相手に、一番重要な話を伝える。
 吸血鬼クラスの卒業試験。授業は全員同じことを1年間やり、試験に受かりそうな者だけ試験を受ける。自信がない者はもう1年同じことをやって確固たるものにする。それがこの吸血鬼クラスの授業方針だ。
 相馬海響(アオト)、萩彰人、早瀬奏花の3人はすでに今年で4年目を迎え、この吸血鬼クラスでは最年長になっている。何年居続けても基本的に上限はないのだが、大抵は2年で卒業するものなのだ。

「そこの3人、今年は有無を言わさず試験を受けてもらうから。さっさと卒業してくれないと迷惑なんだ」

 鬱陶しそうに顔を顰めながら固まって座っている例の3人を睨んだ暁の言葉に、生徒達は彼らを笑った。
 拗ねるように口を尖らせてムスッとしながら、彼らはただ笑われるだけだった。
 1年目は当然のように身についていないからと試験を受けず、2年目はまさかの不合格。3年目は開き直って遊び呆け、不真面目を貫いて試験を受ける資格を理事長から剥奪された。

「一応今年は真面目にやったつもりですが、果たして身に付いているかどうかは……」
「暁様のその言葉、おじい様からも言われました。いい加減卒業しないと勘当すると言われてしまいました……」
「海響が勘当されてもウチが引き取るぜ。俺より優秀だから親父なんて大歓迎だ!」
「……そういう問題じゃないでしょ彰人。3人ともちゃんとやらないと、学園の恥になるからって退学受けても知らないよ?」

 不安そうに首を傾げる奏花、尊老院で相馬を牛耳っている祖父の要に怯える海響、試験なんてちっとも考えてない彰人を見て呆れる俊。
 そんな3人に再び生徒達から笑いが起こる。

「俊、そんな奴ら放っておけ。それよりお前はどうする? 今まで僕の分血だからって理由で試験受けずに副クラス長務め続けたけど、特別に日程組んで卒業試験先に受けるか?」

 3人に向って笑っていた俊は、暁の言葉に一瞬その表情を凍らせる。
 すぐに机の中に隠してしまった黒い封筒を、静かに握り締めた。

「記念に受けてみるよ。卒業する気なんてなかったから、それほど真面目に授業も受けてないし受かるかわからないけどね」

 いつものようにニッコリとした笑顔を浮かべながら言った俊を見て、暁は小さく溜息をついた。その笑顔の裏にある暗い感情を、暁は知っている。
 もう4年も一緒に生活している海響や奏花、彰人もその俊の裏の感情をすぐに見破っていた。ただどこか心配そうな眼で笑顔を浮かべる俊を見つめることしかできない。

「じゃあまた決まったら教えるから。今日の連絡は以上。ああ、そういえば食堂のメニューが増えたらしいよ。先着5名しか食べられない料理だとかなんとか……」

 思い出した暁がポツリと言った瞬間、生徒達は勢いよく立ちあがると我先にと教室を出ようと通路に流れ込む。その際に瞬間移動や物体透過などといった能力を持つ生徒達が優位で、先に食堂へと向かった。




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