月下紫舞

□終章 愛
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 目まぐるしい程に、月日はあっという間に過ぎた。
 世界各国からの支援を受けて東京を中心として各都市部の復興が進められ、それと同時に国の法律は制度是正なども行われた。
 崩された地盤はまだ弱く不安定ながらも、種族に関わらず全員が懸命に文明を再建していた。

「黒薙特別顧問! 先日お話した件ですが……」

新しく作られた国会議事堂内を不機嫌そうな顔で闊歩していた暁に、スーツを着た男が呼びかけた。立ち止って振り返った暁は相変わらず顔を顰めたまま男の方を睨む。

「何度言ったらわかるんだ? あれではあまりにも不平等すぎる。却下した点を考え直さないと承認しない」
「しかし……」
「改正案を出せないならあの制度は流す。いくら国会で採択されても僕は承認しない。改正案ができたら相葉に連絡してくれたら確認するから」

 暁は淡々と言うと踵を返して再び歩き始めた。暁の後について歩いていた、スーツをビシッと着こなした若い女性が軽く会釈をして足早に追いつく。少し茶色い、長い髪が歩くたびに揺れていた。
 女性は歩きながらも抱えていた手帳に目を落とす。

「この後は高田長官と会談、警視庁の視察、カンパニー関東支部の視察が入っています」
「……何時まで?」
「そうですねー……上手く進めば23時くらいには」
「明日の予定は?」
「9時に財務大臣が執務室に来られると伺っています」

 女性が読み上げたスケジュールに、暁は深い溜息をついた。活動時間が日中の人間達に合わせて動くのは、連日だとなかなか辛い。かれこれ4日くらい吸血鬼らしい睡眠時間を確保できていなかった。
 暗い表情で溜息をついた暁の横顔を、女性は心配そうに、少し困ったように見つめた。

「大丈夫ですか? 明日の午後からお休みをとりましょうか?」
「いや、大丈夫。土曜の午後から深夜までは絶対に開けてほしいけど」
「定例会議ですよね。問題ありませんよ」

 国会議事堂を出ると、正面に車が滑り込んでくる。暁と女性はそこに乗り込むと、行き先を言わなくても車は動き出した。
 まだまだ建設途中の建物が目立つ東京の景色も、ある程度元に戻りつつあった。戦いの中心となった場所は地面からやり直す必要があったり、砂と化したコンクリートの処分が問題になったり、圧倒的な人手不足を補うために吸血鬼の華族に手伝わせたり。
 過ぎ去れば“大変だった”の一言で終わってしまものの、急がし過ぎて自分がどんなことをしたか覚えていないくらいに混乱していた。

「もう、5年も経ったんですね」

 窓の外を眺めながら呟いた女性に、暁は目を細めた。その数字は長いようであっという間だった。けれど、暁にとってはずっと冬のような閉ざされた時間だった。
 あの戦いが一段落した後、高田長官は珠稀達3人を表彰し、様々な権限と役職を与えた。国の政治に対する干渉権を正院全員に与え、暁を警視庁吸血鬼対策課の特別顧問、国の吸血鬼管理省の特別顧問に任命した。お陰で当主の仕事と相まって有り得ないくらいの忙しさに追われる羽目になった。

「未来は……いつ日本に戻ったんだっけ」
「あの戦いの一カ月後ですよ。本当はもっと早くに戻って私も何か手伝おうと思ったのですが、連合が許可してくれんませんでした。でもその代わりに暁さんの秘書に就任できましたけどね!」
「まさか君が帰ってきてるとは思わなかったからね……立派になった姿を珠稀に早く見せてあげたいよ」

 小さく笑みを浮かべながら暁は力なく言った。
 姉の芽衣をベルリアの一件で亡くした後、相葉未来はアメリカに留学していた。何をしていたか詳しくは知らないが、国際連合の派遣監査員として日本に帰国し、すぐにカンパニーでPPの資格を取ったもののカンパニーには残らずに政府の入り、何故か特別顧問をする暁の秘書に任命されていた。
 面倒な職務において顔見知りが秘書をしてくれるというのは、少し気が楽だった。

「この間の夏休みに、柑と一緒にお見舞いに伺わせて頂きました。去年よりもまた痩せたように感じて……」
「痩せたよ。自分で血を飲めないから、栄養がちゃんと摂れないんだ。どうしようもない。ま、吸血鬼用の点滴だけでも十分に生命活動は維持できるから。目が覚めてからたくさん血を飲んで、また元気になればいい」
「そうですね……あ、陽さんはその後お変わりありませんか?」

 未来の言葉に、暁は顔を上げる。物憂げな表情は全く晴れない。




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