sincere

□お餅と心
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 真っ暗な部屋に電気を点ける。誰もいない静かな部屋に一歩踏み入れると、外と変わらない寒さが包み込む。
 暖房のスイッチを入れて、コートを着たまま棚の前に立つ。

「ただいま、お母さん」

 飾り棚の上に置かれた写真立てに向かって詩織は微笑んだ。
 毎日欠かさない挨拶。出際と帰りに一言。無性に寂しくなった時は、母の写真を膝に置いて一緒に昔のアルバムを見る。
 そうやって、いつも独りで過ごす。
 年末年始も父親は仕事があって会うこともままならない。実家に帰っても、父は帰ってこない。
 どこにいても独りなら、広い実家にいるよりこのマンションの一室に居る方がまだマシだ。

「大掃除は……するほど散らかってないし、簡単に掃除するだけでいいよね」

 誰に言うわけでもなく独り呟いた詩織は、スーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に入れた。

「雑巾、濡らして……しっかり絞ってね。で、窓拭き!」

 詩織のリズミカルな言葉に合わせて、先程100円均一で買ってきた雑巾が勝手にフィルムから飛び出し、洗面台へと飛んでいった。
 蛇口が勝手に動き雑巾に水をかけ、雑巾は自らを捻って水を絞る。そして窓まで飛んでいき、丁寧に拭き始める。

「うむ……我ながら便利な能力だ」

 その他の掃除用具も言霊の能力で自在に操り、掃除をさせた。
 必然的に手の空いた詩織はソファに寝転び、携帯を手に取った。
 数時間前に会って話したばかりの人に電話をかける。

『んあ……朝田か? どした?』
「篠宮さん……寝てたんですか?」
『ばっ……バカやろう! そんな訳あるか。俺はちゃんと起きて……仕事を……』

 段々頼りなくなっていく声に、詩織は大きな溜め息をついた。
 篠宮七嘉(シノミヤ ナナカ)、女の子みたいな名前をしてるが歴とした男で、対能力者犯罪対策本部特別部隊第5部隊の隊長を勤める程の実力の持ち主。
 一応第5部隊所属になっている詩織にとっては上司にあたる。

「あーはいはい寝てたんですね。わかってますって」
『おまっ……そんな言い方ねぇだろ! せめて俺を叱れ!』
「何わけのわからないことを……そういう変な発言、くれぐれも皆の前でしないで下さいよ」

 どうせ注意したってこの人はやってしまうと半ば投げやりに思いながら詩織は口を尖らす。
 全ての部屋を掃除するように指示した掃除機が、リビングに入ってきたため、少し煩くなった。

『んだ……お前掃除中か?』
「私と言うより掃除機や雑巾達が。私は指示しただけです」
『全く持って便利きわまりない能力だなコノヤロウ。今度来たとき、ついでに俺の部屋も掃除してくれよ』
「嫌です。それよりそろそろ本題に入っていいですか?」

 短く拒絶した詩織は、冷たく淡々と言う。
 拗ねるようにグチグチ文句を言いながらも、篠宮は『なんだ?』と問い返してきた。

「1月4日の打ち合わせを……他の日に回して頂けませんか?」
『理由は』

 すぐに返ってきたのは、さっきまでのひょうきんな態度とは違う、厳しさの混ざった声。
 詩織はその声に自然と表情を引き締めた。

「4日に、部活の新年会をやるらしく……1人でも欠けると中止になるんですけど、私以外が出席可能なので、私がせっかくの新年会を台無しにしてしまうのです」
『ほほぅ……』

 包み隠さず言った詩織は、ゴクリと唾を呑んだ。
 篠宮が思案する沈黙がやけに長く感じられる。

『部活ってのは前言ってた能力研究会って奴だよな。部員も顧問も能力者の』
「はい。新年会に顧問の先生は参加されないそうですが」

 焦れったいなと思いながらも詩織は許可が出ることを願った。




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