sincere

□クリスマスと来訪
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「能力者はほぼ全員ソコに行くんだ。大学側から来てほしいって言われて、3年の始めにもう内定決まるんだ。でなきゃ高3なのにあんなに遊んでられるわけがない!」

 笑いながら言った隼人に、詩織は「へえ……」と頷いていた。確かに世の中の高校三年生が大学入試に向けて追い込む時期にも関わらず、能力研究会、通称『能研』の部長高塚光と副部長八神佳奈子は毎日のように部のことしか考えていない。
 詩織も4年後には先輩達のようにその学部へと進むのか……と何ともなしに考えていた。

「詩織さ、能力について気になるんだったら大学に聞きに行ってみるといいんじゃないか? 俺が中一の頃の先輩に、能力による物質創造について研究してる先輩がいるんだ。何かわかるかもよ?」

 隼人の言葉を聞きながら、溶けるように机の上にへばり付いた詩織は、僅かに顔を顰めた。

「んー……いいや、面倒だし、難しそうだから」

 苦笑いを浮かべながら気だるそうに言った詩織に、隼人は笑いながらも拍子抜けしていた。
 友人たちと笑顔を浮かべながらも、心の奥では笑っていなかった。本当は、自分の能力の原理を薄々感じている。幼いころから詩織にそういうことを語ってくる人の話が、記憶に残っているから。あまり思い出したくない、その人。考えるだけで憂鬱になる。

「難しいとか言って……詩織ちゃん天才のくせに!」
「……天才じゃない」

 机の上でダラダラしている詩織の頬を突きながら言った女子生徒に詩織はボソリと答えた。

「詩織が天才ってどういうことだ?」
「あれ、花巻知らないんだ。てっきり知ってるかと。詩織ちゃん、この間の中間テスト、全教科100点!」

 一人で拍手をしてキャッキャとはしゃぎながら言った女子生徒に、隼人は口をあんぐりと開けて驚いた。その口から詩織があげた飴が落ちそうになり、慌てて口を閉じる姿が間抜けでしかなかった。
 詩織は嬉しくなさそうに顔を顰めると、二人から顔を背けるようにして窓の方を向いた。

「ま……マジかよ……全教科100点?! 俺なんか全教科平均ねえぞ!」
「あー……花巻って結構バカだよね」
「なんだと!」
「前の学校……」

 騒ぐ二人の間に割って入るように、少し煩い二人を黙らせるように、ポツリと言った詩織の言葉に二人はすぐに口を噤んだ。
 転校してきて3か月、詩織が滅多に自分の口から前の学校のこと、転校のわけ、一人暮らしの理由、その他諸々の事情を話そうとしなかったため、貴重な話だ、と二人は耳を澄ました。
 詩織は不吉そうに曇る空を見上げながら、眼を細めた。

「前の学校、超進学校で……勉強ばっかさせられてた。厳しくて……クラスメイトとか最悪だった。みんな敵で、みんな黒かった」

 苦虫を噛み潰したように顔を顰めながら、詩織は思い出したくもない日々が記憶から湧き上がってくるのを感じた。どれもこれも、最悪だった。毎日が苦しくて。
 ポツリポツリと呟いた詩織に、隼人と女子生徒はかける言葉が見つからず、ただ悲しそうに俯くしかなかった。

「ぶっちゃけココの授業は簡単すぎてつまらない。故にサボりたくもなるのだよ」

 それまでのしんみりとした雰囲気とは一変して、低いトーンで言った詩織に、隼人と女子生徒は思わず顔を引き攣らせた。重々しい空気を呼び込んだ張本人が、それらをすっ飛ばしてしまったのだから。それも、二人にとってはかなり嫌味な言い方で。

「え……どの辺まで習ってるの?」
「大体高2で習う内容の半分くらいまでは終わってるよ」
「んじゃあ今度明月と勝負してみたら? アイツ高2だし! 結構ボーっとしてるから勝てそうじゃね?」
「知らないのー花巻、飛田先輩は常に学年10位以内に入る秀才なんだよ!」
「へー……意外」

 情報通な女子生徒の言葉に、詩織は正直驚いた。
 いつもフワフワボーっとしていて何を考えているかわからない飛田明月が、秀才とは思わなかった。
 隼人は自分の周りに頭の良い人が多いという事実を知り、さらにその事実を知らなったことに打ちひしがれた。
 詩織はクスクスと笑った。

 たとえそれがまだ心から笑えるものじゃなくても、たとえそれが不安を紛らわすための笑みでも、今はこの気の抜けるような柔らかい日常を壊したくないと思った。
 幸せを望んではいけないと思いながらも、幸せを渇望して、安らぎを期待してはいけないとわかっていても、安らぎを懇願している。
 鬩(せめ)ぎ合う葛藤がもどかしい。
 自分に与えられ、受け入れた運命を呪いたくなるほどに。



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