sincere

□クリスマスと来訪
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 静かな廊下を歩きながら、それぞれの教室から聞こえてくる授業の声に耳を傾け、詩織は腕時計を見た。
 九時半。1時間目がすでに始まっている。しかも、確か担任の授業だったような。
 いつもギリギリに着く電車に乗っていた詩織は、転んで泣いた子供をかまっていたため当然のように遅刻だ。それも確信犯で。

「おはよーございます」

 教室の後ろから堂々と入った詩織は、教卓で教科書とチョークを握っていた先生に言った。
 クラスメイトが小声でおはようと笑いながら返してくれる中、一番後ろの窓際の席へ向かう詩織に、先生がチョークを投げた。

「……Uターン」

 飛んできたチョークを横目で見ることもなくボソリと呟いた詩織の顔の前で、チョークがクルリと曲がって、同じスピードで先生に向って行った。

「うぉあ!」

 咄嗟に避けた先生は、黒板にぶつかって砕けたチョークを引き攣った顔で見下ろすと、澄ました表情で席についた詩織の方を呆れたように見た。

「おいおい朝田、堂々と遅刻しておいて教師に向かってチョーク跳ね返すか?」
「跳ね返すこと前提で投げたんじゃないですか。当たってたら先生、校長にお呼出食らいますよ」

 ニッコリと笑いながら鞄の中から筆箱や教科書の用意をする詩織に、先生は大きなため息をついた。
 あと10分ほどで授業が終わるため、詩織は一時間目の授業の準備をするのではなく、二時間目の準備をしていた。

「無断欠席、授業サボり、遅刻! お前転校してから今日までで何回だ? いくら義務教育といえど、あまりに酷いと高校上がれなくなるぞ」
「今日は駅で転んだ子供をあやしてたら電車に乗れませんでした。人助けしてきたんです」

 胸を張って堂々と言った詩織に、隣の席にいる花巻隼人や前の席の友人を始めクラス中がクスクスと笑っていた。
 詩織のサバサバした性格と、中々口が達者なところがクラスでは人気だった。

「はいはい、昼休みに職員室に来なさい」
「えー……今日は皐月ちゃんと一緒にご飯食べる約束なのにー…」
「すぐに食べてすぐに来る! なんなら連れて来ても構わんぞ。お前の説教だがな。朝田が乱入したから今日はここまでにしよう。ちょっと早いから他のクラスの迷惑にならないようになー!」

 詩織に向ってビシッと言った先生は、授業どころではなくなったクラスの雰囲気に免じてチャイムが鳴る5分前に授業を終わった。
 生徒達が喜びながら片付ける姿を横目で見ながら、先生は溜息交じりに教室から出て行った。

「オッス詩織! 今日も相変わらずだな」

 隣の席から隼人が陽気に声をかけてきた。詩織の所属する能力研究会という部活のメンバーで、能力者。活発な少年だ。
 詩織は隼人に向って小さく笑みを浮かべながらおはようと呟いた。

「詩織ちゃん、今日は嘘じゃない?」
「嘘じゃないよ。転んで泣きやまない子供に絆創膏あげてきた」

 詩織の前に座る女子生徒が後ろを向き、ニコニコ笑いながら詩織に言ってきた。
 詩織が授業をサボったり遅刻する理由の半分が嘘で、半分が本当だからだ。

「絆創膏は言霊で出したのか?」
「そだよ。でも出したのは子供や母親の前じゃなかったから。飴をあげようとして、こう……飴……やって出したら、母親に得体のしれないモノって叫ばれてさ。かなりショックだった」

 詩織は説明の中で言葉にイメージを付加させて呟くと、掌に二つの飴玉が現れた。今朝駅で子供にあげようとした時のように、それこそ何処からともなく出現させて。
 詩織は二つの飴を隼人と女子生徒にあげながら、不機嫌そうに口を尖らせた。

「でも私も気になるなー詩織ちゃんの能力。どうやって色んなもの出してるの?」
「言葉にして……としか言いようがないなぁ……正直私もよくわかってない」
「能力ってそんなもんだぜ。俺も自分の能力がどういう原理かなんてサッパリだ。大抵皆大学行って自分の能力について研究するんだってさ」
「知ってるソレ! うちの付属にある能力研究学部ってトコだよね。高塚先輩や八神先輩も行くって聞いてるよ?」

 飴を口の中でモゴモゴさせながら、隼人と女子生徒は共通の話題で盛り上がっていた。
 この学園に来てまだ3か月の詩織にも、まだまだ知らないことが多い。小学校から大学まである私立の学園だが、能力に関する学部まであるなんて知らなかった。



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