sincere
□紡ぐ想いと繋ぐ想い
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「明月! こっちだ!」
桜が舞い散る中、明月は振り返った。
新入生とその親が集まる中、明月は能研の部長として野崎先生に呼ばれていた。新入の中学一年生の能力者に会うために。
まだ小学生のような彼らの間を縫うように進む、高校三年になった明月の姿は注目の的だった。
「わざわざ入学式の日にすまんな。両親も一緒だから、顔合わせしておこう」
「はい」
桜の花を見つめて、明月はぼんやりと答えた。
部員の怪我は新学期に間に合うようには治った。母美鈴のお陰だと説明を受けた。
そして部員達は皆、あれから詩織に会っていない。連絡はとれず、まだリハビリ中の篠宮や退院して休養中の咲哉に聞いても何も教えてくれなかった。
「詩織から何か連絡ありましたか?」
「残念ながらゼロだ。休学届なんかも出てないから、学校には来ると思うが……俺も何も知らん。学校に来た本人をとっつかまえて問い質すしかないだろう」
「……逃げられそうですね」
「……確かに」
教師であり顧問の彼も、何も知らない。警察や父親に連絡は取ったらしいが、心配しなくても大丈夫の一点張りだったらしい。
光と佳奈子はとりあえず大学に進んだものの、わだかまりが残っているようだった。
そして飛田皐月を巡るシンシアとの抗争は冷戦状態に突入していた。
「妹の心配はしないのか?」
「皐月は、大丈夫らしいです。シンシアの内通者が皐月の無事を確認して警察に密告しているらしいので」
「それって朝田じゃないのか?」
「咲哉さん曰わく違うって……」
話は進まなかった。
明月は詩織と同じ正式な協力者として特別部隊に入るため、今はまだ訓練段階だった。定期的に篠宮の同僚という人に体術をメインで習っていた。
能力の訓練は自主練とされ、隼人や真知も時間のある時に訓練を続けていた。
詩織と皐月が不在で光と佳奈子が卒業し、真知が生徒会にも所属した結果、今の能研はとても淋しいものだ。
「まぁ……二人とも無事ならいいんだ。朝田は何か必ず理由があるだろうし。だからそんな怖い顔すんなって」
「……はぁ」
自分の顔を手で解し、首を傾げた。そんなに怖い顔になっているのだろうか。
目が覚めた時、詩織がいると思っていた。心配性で真面目だから、何度も謝って泣いてしまう。そんな気がしていた。
いつまでも彼女の姿がないことに、ショックを受けた。同時に、期待していた自分が恥ずかしくなった。
「お、いたいた。お待たせしました」
中庭に咲く桜の木の下で記念写真を撮っていた4人の家族に、先生は声をかけた。
皐月よりも小さい、まだ小学生と変わらない2人の子供が振り返る。そのそっくりな顔に、明月は驚いた。
男女別ならともかく、男の子の一卵性双生児。はっきり言って見分けがつかない。
「「初めまして!」」
「成瀬志紀です」
「成瀬友紀です」
パッと笑った双子は同じ声で同じタイミングにお辞儀をした。
双子を見たことがなかった明月は呆然と二人を見つめてしまった。
「おい明月、挨拶」
「あ……初めまして。能力研究会の部長で飛田明月といいます」
小さな笑みを浮かべて手を差し出すと、小柄な手で握手をしてくれた。
とても人懐っこくてよく笑う明るい双子。きっと、たくさん愛されて育ったのだろう。
「驚かれました? 間違えないように、手首にゴムバンドをつけてます。緑が志紀で、青が友紀」
優しく微笑んだ母親に、双子は同時に手を上げてそのゴムバンドを見せてくれた。名前が印字されている。
双子は元気一杯に走り回りながら、キョロキョロと辺りを見渡していた。まるで誰かを探すように。
「「ねぇ、詩ぃちゃんは?」」
明月の顔を見上げて問い掛けた双子に、明月も野崎先生も驚いた。聞き間違えるはずがない。確かに、詩織のことを探している。
キョトンとしていると、寡黙そうな父親が一歩前に出て双子の頭を撫でた。
「私達は昔、大きな事故に巻き込まれました。その時に助けて頂いたのが……朝田詩織さんです」
「通りすがりだったとすぐに行かれてしまったんですが、左手にシンシアの刻印をお持ちでした。今はシンシアを離れこちらに通われているとお聞きして……この子達が詩織さんに会いたいって」
明月は思わず野崎先生と顔を見合わせた。お互いに驚き、呆けた顔をしている。
シンシアだろうが能研だろうが、詩織自身は昔から何も変わらないじゃないか、と明月は少し嬉しかった。
たとえ今のシンシアが世間的に犯罪組織と見なされていても、そこにいる人達全員が悪ではないのだから。
「私達は保育所もシンシアが設立した所へ通わせていたんです。この子達の能力コントロールが危なっかしくて。シンシアとは良い縁を持たせて頂いてます。世間的にはアレですけどね」
朗らかに話す父親は、心からシンシアに感謝していると言いたげな瞳だった。こうやって、彼らの恩恵を受けている人もいる事実。
この巡り合わせはなんて偶然で、そして少し悲しい。
明月は唇を噛みしめると、優しそうな両親を真っ直ぐ見据えた。
「俺の妹は今、シンシアに誘拐されています。妹は無事ですが、冷戦状態が続いています。そして詩織は……妹が誘拐された日から、姿を消しました。連絡が取れないんです」
正直に話した明月に、両親は目を見開いて驚いた。彼らが知っているシンシアは、慈善的な面なのだから。
いきなりそんな暴露をしていいものかと野崎先生は顔をしかめていたが、明月はこれでいいと思った。目の前の健気な双子も、能研の一員になるのだから。
隠し通せるような些細な出来事でもない。
「……詩ぃちゃんは悪いことしない」
「詩ぃちゃんはきっとその人を助けに行ったんだ」
明月の制服の裾を掴み、拗ねるような目で見上げた。その瞳は疑いを持たず、真っ直ぐに明月を睨んでいた。
お前は信じていないのか、と言いたげな敵を見る目だった。
「何も存じ上げず……そのような大変な時にすみませんでした。何かお手伝いできることがありましたら、仰って下さい。一応……能力者の端くれですから」
優しく微笑んだ父親は、スッと明月に手を差し伸べた。
申し訳なさそうに苦笑いを浮かべながらも、明月は握手を交わす。危険なことにはあまり巻き込むべきでないとわかっている。彼らも、無邪気な双子も。
双子は胸を張ってニッと笑うと、明月を見上げる。
「「詩ぃちゃんを取り戻そうぜ!」」
その輝くような笑顔と敗北を知らない勝ち気な瞳に、明月は失っていた何かを思い出した。
あまりにも圧倒的な実力を前に、恐怖と絶望で心が負けていた。
力と強さを求め、前を向いて努力した日々。それを支えてくれていたのは、詩織だった。
「……ああ、そうだな。志紀と友紀も手伝ってくれるか?」
「「もっちろん!」」
満面の笑みを浮かべた双子と、明月はハイタッチをした。
この青空の下、どこかで同じように咲散る桜を見つめているのだろうか。姿は無くても、心のどこかで繋がっているような気がした。
ただ一目でいいから、会いたかった。
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