sincere

□掴んだ光と失ったモノ
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「慶介さんの方は?」
「隼人くんが成長したよ! 全く視認していないものを壊すことはまだできないが、一度全体を見渡したりそこにあると認識できるものなら、眼で見ていなくても壊せるようになった。破壊対象の強度も高くなったし、破壊力も上がった。念力の方は……イマイチかな」
「でも、随分マシになりましたね」
「だろ? 光くんは元が優秀だったけど……基本動作を電気刺激から読むことはできるようになったみたい。じゃんけんの勝率が100%だよ。詩織ちゃんが講義で教えた静電気の接近戦への利用もコツを掴んだみたいでタイミングが良くなった。電力も強くなってるし、遠距離への放電も磨きがかかったよ」

 教え子の成長を嬉しそうに話す慶介に、詩織もつられて笑みを浮かべた。おそらく、水澤が一番特別部隊に勧誘したいと思うのは光だろう。バランスが良く、攻撃力も高い。
 目に見えていない物体を破壊できるようになるかはわからにと思っていた隼人だったが、案外順調に進んでいるようだった。きっかけさえ与えれば、成長は早いのかもしれない。

「……詩織!」

 水澤の張りつめた声に、詩織は振り返った。彼の目線の先には、皐月がいる。
 刹那、彼女の周囲を取り巻いていた炎が一気に膨らんだ。真っ赤な炎に包まれる皐月の顔が、恐怖に染まる。
 詩織が慌てて皐月のブースのガラスに右手を着いた時、彼女自身と炎が時を止めたように不自然に固まっていた。

「突風!」

 ガラスに手をついて声を張り上げると、小さなブースの中に台風のような突風が吹き荒れ、渦を巻いた。その風に掻き消されるように炎が消えていく。
 止まっていた時が動き出した瞬間、風に吹き飛ばされて皐月の体が軽く壁に叩きつけられた。
 炎が完全に消えたのを確認してから、詩織は胸を撫で下ろしながら風を消した。

「悪い、よそ見してた」
「拓真さんの刹那停止があって良かったです。でなきゃ、間に合ってなかった……」

 ふう、と一息ついた詩織に、篠宮は謝罪した。バツの悪そうに顔を顰める篠宮を睨む水澤の目が少し怖かった。
 水澤の多種能力の1つでもある刹那停止は、その名の通り刹那の瞬間だけ時間を止めるという能力。それは人や動物はもちろん、先程の炎や水といった自然にも作用する。天宮の容赦ない攻撃から紙一重で身を護るために水澤が発現した能力だ。

「大丈夫? 皐月ちゃん」

 すぐにガラスを通り抜けて個室の中へと飛び降りた詩織は、壁にもたれてへたり込む皐月に駆け寄った。目を見開いたまま茫然としている。

「……ごめんなさい」
「いいの。怪我はない? 打ちつけちゃってごめんね」
「平気……です」

 声が震え、呆然とする瞳に涙が滲んでいく。服を握りしめた小さな手は微かに震えていた。詩織は顔を顰め、包み込むように彼女を抱きしめた。
 白い頬を涙が伝い、嗚咽が聞こえる。

「……怖かった。自分の……能力なのに……言うこと聞いてくれなくて……こんなの、初めて……」

 詩織の腕を掴むと、嗚咽が激しくなった。まさか暴発するのが初めてだったとは思わなかった。暴発というのは一度その恐怖を味わっておく方がいいというのが、特別部隊での鉄則だった。
 今まで思い通りにコントロールしていた能力が、一瞬で顔色を変える。その恐怖は自らの命の危険さえ感じるほどに、能力者にとっては大きな意味を持つ。
 詩織が初めて暴発させたときも、母が無効化してくれなかったら言葉全てが実現していた。現実にすべきでないものが、現実になりかけた。

「怖かったよぉ……!」

 完全に泣きだした皐月を、詩織はギュッと抱きしめた。
 暴発を体験することは、成長するためには良い事だと母は言っていた。その恐怖を味わうことで、コントロールはより慎重に精密になるし、自らの能力がどれほど危険なものかを思い知ることができる。自らの能力の危険を知り、他者へ使うことへの躊躇いを持つ事が出来れば、優しい能力者になると母はいつも言っていた。
 皐月が落ち着くまで、詩織は背中を擦って優しく声をかけ続けた。

「大丈夫。能力はね、絶対に本人を傷つけることはないんだよ。とっても怖くても、皐月ちゃんが痛くなったり怪我をすることはないの」

 シンシアが抱える能力者で研究した結果、導き出した一つの理論。能力の暴発は不思議なことに本人を傷つけることは100%といっていいほど有り得ない。その力は外へと放たれるのだ。
 皐月の場合も、彼女自身は炎に包まれてはいたが一切火傷はしていない。その熱を感覚として感じたくらいで、危なかったのは無効化を跳ねのけて爆発を起こすことだった。隣の真知にも危険が及ぶことになってしまう。

「けど、他の人を傷つけちゃうから……気をつけないといけないんだよ。でも、皐月ちゃんなら大丈夫。誰かを傷つけたりしない、優しい能力者になれるよ」




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