sincere

□一歩と想い
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「最初から手の動き全てを把握しようとするのではなく、まずはどこの筋肉が動いているのかを把握するんです。それができたら、筋肉が弛緩しているのか収縮しているのかを考える。どこの筋肉がどう弛緩、収縮したらどのように動くのか、実際に自分で動かしながら考えるといいですよ」

 詩織の言葉に、光は小さく頷きながら左手の指を動かしたり手を握り締めたりしてみた。動作の細かい手で訓練するのは難しいことだったが、頭の回転が良く吸収がいい光の性格を考慮しての、慶介の判断だろう。
 実際に手を動かして理解できたのか、光は納得するように深く頷きを繰り返すと、得意げな笑みを浮かべた。

「あ、なんかいける気がする……うん、いけそう。慶介さん! もう一回!」
「いいぞー……どんと来い!」

 嬉しそうに言った光に、再び光の前に立って両手を隠した慶介が楽しげに笑いながら言った。何か言葉の使い方を間違っているような気がする、と思いながら詩織は篠宮の方へ向かった。
 仁王立ちして篠宮を睨み続けている皐月は、可愛らしいのか滑稽なのかわからなかった。

「皐月ちゃん、そんなに睨んでも疲れるだけだよ」
「……さっぱりわかりませんです」
「最初は先入観を持ってみたら?」
「先入観?」
「あの人、もしかしてこんなこと言いたいのかな……こう言われたらどうしよう、こんなこと言ったら面白いのに……何でもいいから考えてみるの」
「それは心の声を聞くのとは違いますの?」
「その人がぼんやりと考えていることではなく、皐月ちゃんに伝えたい!って思ってることを聞きとるんだよ? それ以外のことは聞かなくていいの」
「……やってみるです」

 健気に頷いた皐月に、詩織はニッコリと微笑みながら頭を撫でた。
 顔を上げると、眉間に皺を寄せて考えこむ佳奈子を見る。

「佳奈子先輩はいつもどうやって氷を作ってますか?」
「どうって……凍れって念じたり、こんな氷作りたいなーって思ったら、できちゃうよ」
「じゃあ、氷が溶けたら何になりますか?」
「水」
「目に見えないH2O分子が凝集したら、何ができますか?」
「……水」
「雲から降ってくるのは、何ですか?」
「ああああ、そっかー!!!」

 目と口を開いて言った佳奈子に、詩織自身が驚いた。何かに気づけたことが、そんなに痛快だったのだろうか。
 詩織は苦笑いを浮かべながら安心したように頷く。佳奈子は、水蒸気を“そのまま”水に変えようとしていたのだ。そんなことはいつまでたっても報われない。水は、集めなければ水にならない。氷の状態に特化し、集めることは知っているはずなのに、彼女はそれを通り越していたのだ。

「ねえ、詩織ちゃん、私はどうすればいいのー?!」

 次々と助言を与えていく詩織に、最後に残された真知が待ち遠しそうに言った。足もとの石を拾い上げると、地面に穴が掘られていた。それ程大きな穴ではないため、この敷地に住む者として気にはならないが、押し潰された芝生が可哀そうな光景だった。
 詩織はもう一度真知が一連の切り替えをするのを見て頷いた。

「真知先輩への助言はただ1つ、遅い! ……です」
「へ?」

 ズバリ指摘した詩織に、真知はキョトンと首を傾げた。詩織は地面に埋まった石を拾い上げると、しゃがんで石をある高さに浮かせた。詩織の言霊で真知のような無重力を再現することはできないため、石はただその場所で浮かんでいるだけだった。

「無重力から加重への切り替えは上手いです。じゃあ加重から無重力の切り替えですが、先輩は切り替えるタイミングが遅いんですよ。動くものには慣性の法則が働きますから、それまで下向きの力が働いていた石を急に無重力下においても、石はそのまま地面にドーンですよ」
「……確かに」
「むしろ無重力というのは重力を受けないため、加えられた力が作用し続ける空間です。例えば……」

 詩織は訓練用の石を地面に置くと、別の石を言霊で出現させた。それを真知に渡し、柱のように空まで届く無重力空間を作ってもらい、そこに石を浮かべた。
 ただ浮かんでいた石に、詩織は真下から思い切り爪先で蹴りあげた。

「……おお!」

 蹴りあげられた石は、ビュン、と空へ向かって飛んで行ってしまった。地上において物質が下向きに落下するのは、重力を受けるから。その重力がなければ、上向きに投げられた物質はいつまでも上向きに飛んで行く。
 空を見上げて黙っていた詩織は、石が降ってこないため真知の方を見た。

「……どこまで無重力空間を作ったんですか?」
「宇宙まで! それくらいできるんだよ!」
「……じゃああの石は大気圏で燃え尽きたでしょうね……」

 得意げに言った真知に、詩織は笑いながら答えた。無重力の意味を理解できたなら、後は実際に自分でやってみて、切り替えるタイミングを測るしかない。自分がどれくらいの重力をかけたかによって、切り替えるタイミングも変わってくる。
 嬉しそうに礼を言う真知にニッコリと微笑むと、詩織は篠宮のグループからも離れた。手に持った書類は、特別部隊へ正式に入隊するための書類。昨日書こうと思って書けなかったため、時間を見つけて書いていた。

「咲哉んところも見に行けよ。……あからさまに嫌そうな顔すんなって……」

 比較的優秀な女子部員の指導を担当している篠宮が小さく欠伸をしながら詩織に言った。
 咲哉の判断で明月と2人はこことは別の場所で屋外訓練を始めていた。明月の新しい能力がコントロールのミスで周囲に影響を及ぼさないためと、集中を乱さないため。
 屋外訓練が始まって二時間半が経ち、あと30分で昼食だというのに詩織は一度も明月の様子を見に行っていなかった。正直、どんな顔で見に行けばいいかわからなかった。

「……私、先輩を叩いてしまったんですよねー……」
「ありゃ仕方ねえだろ。アイツもそう思ってるって!」
「先輩がああなったの、私の怪我の所為なんですよねー……」
「そりゃお前を切ったγが悪い」
「私、助けてもらったのにあれから一言も喋ってないんですよねー……」

 γに罪をなすりつけた篠宮の堂々たる発現に苦笑いを浮かべながら、詩織は訓練施設がある方向を見た。咲哉と明月は施設の裏側で訓練をしていると聞かされていた。
 虚ろな目で木々の向こうと見つめた詩織に、篠宮は深い溜息をついた。そして、思い切り背中を叩いた。

「だったら言ってこいよ。ごめん、とありがとうって。今からでも遅くはねえと思うぜ? そんでもって、しっかりと能力の使い方ってやつを教えてやればいい」

 篠宮の言葉に、はじめはキョトンとしていた詩織はやがて照れくさそうにはにかんだ。
 そして小さく頷くと、書類を落とさないように胸に抱え、「飛ぶ」と呟きながら地面を蹴った。箒を使わなくなった詩織は、まるで羽が生えたように自由に空を飛んでいた。
 篠宮は自分の発言が自分に不似合いだと言わんばかりに口を歪めて肩を竦めると、佳奈子達に呼ばれて振り返った。

「あー……青くせぇ……」




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