sincere

□決断と涙
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「すっげーー!!!!」

 屋敷の前に止まったバスから飛び降りた隼人は、両手を広げて大きな声で叫んだ。すぐに後ろから光に煩いと言って頭を叩かれる。
 周りは静かな林に囲まれ、自然豊かな和を基調にした典型的な日本家屋。木造の平屋建ての屋敷は大きく、敷地のど真ん中にどっしりと構えていた。
 門を抜けてから屋敷の前までは林の中の道を通り、所々施設のような建物があるのが見えていた。

「おかえりなさいませ、詩織様」

 正門の前に並んだ数人の使用人が、同時に頭を下げた。控えめな色の着物を清楚に着こなし、まとめあげた髪は綺麗に整えられていた。まるで旅館にいる女中のようだ。
 約半年ぶりに返ってきた実家に、詩織は笑みを浮かべながら使用人達に走り寄って行った。

「うおぉ……すげぇ、漫画みたいだ」

 小さく呟いた隼人だけでなく、光や佳奈子、真知も驚いていた。お金持ち、広い敷地などと色々予想はしていたが、本当に目の前にそれらが揃うと圧巻だった。
 詩織が使用人達にバスに積んだ部員の大きな荷物を広間に運ぶように頼んだ。

「さっそくですが、敷地の中を案内しますね。広いので迷子にならないように、しっかり聞いて下さいね」
「敷地内を移動される時は自転車を使うことをお勧めします。全員分ご用意しましたので、どうぞご自由にご利用下さいませ」

 使用人の中でも一番年上の女性が詩織の隣に立って言った。詩織は嬉しそうに礼を言い、一同は茫然としていた。
 久々の実家が懐かしくはしゃぐように歩きだした詩織に、一同はキョロキョロと見渡しながら口を開けて呆けていた。あんなに嬉々としている詩織の姿も珍しいが、自転車を約10台も準備できることにも驚きだった。家の庭を移動するだけで自転車だなんて、全てにおいて桁はずれだった。

「敷地内には大きな建物が4つあり、1つはこの本邸です」

 屋敷の裏へ回ったところに用意された自転車を選びながら、詩織は説明する。
 緑の自転車を選んだ光が、詩織の説明を聞いて違和感を持った。

「本邸ってことは、別邸とかがあるの?」
「使用人のために用意されたものです。本邸の裏から少し離れたところにあります」
「別荘とかは持ってるの?」
「沖縄にあります」

 案の定の答えに、光は苦笑いを浮かべた。住む世界が違うじゃないか、と笑えてくる。
 それぞれが自転車を選び終わると、詩織を先頭に一列になって走り始めた。林の中の道は細く、車1台がギリギリ通れるような砂利道だった。静かな緑溢れる林の中からは色んな種類の鳥の囀りが響き、自然を全身で感じることができた。
 屋敷から一本道はひたすら進むと、途中で道が二手に分かれていた。詩織はその辺りで止まると、振り返った。

「ここを左に曲がると正門の方へ一本道で続きます。門は基本的に施錠しているので外には出ないでください。右の道は2つの訓練場に続く道です。右へ曲がって下さいね」

 林に囲まれて先が見えない砂利道が、同じように続いていた。目印となるものが何もない。
 説明をしたはいいが、今とは逆の方向から来た場合、絶対に誰か間違えるだろうと詩織は思った。特に、隼人や皐月が危ない。

「詩織、看板作ったら? ペイントで造るよ」
「あ、そうですね。お願いします」

 明月は自転車のかごに入れたリュックサックからスケッチブックを取り出すと、鉛筆で手早く看板を描く。一本で済むように矢印の向きを工夫した。

「ハンマー」

 明月が描いている間に自転車を降りた詩織は、その手に大きな木製のハンマーを出現させた。すぐ傍にいた隼人が驚き、ビクリと肩を震わせた。
 重そうにハンマーを握っていると、自転車と降りた光が代わってくれた。

「いくよー」

 明月の言葉に、詩織は看板を支えるために構えた。角のところに現れた木でできた看板は、先が杭のように尖っており、詩織はそれを地面に突き刺した。
 思い切りハンマーを掲げた光は、丸太の部分に振り下ろす。柔らかい地面に一回で突き刺さった看板はしっかりと固定されていた。

「うん、いい感じだね」
「ありがとうございます」

 ハンマーを消し去った詩織は、協力してくれた光と明月に礼を言った。佳奈子と真知が声をもらしながら小さく拍手していた。
 この看板は、明月が消したいと思わなければ永久に残り続ける。詩織はこの看板をこのまま残しておきたいと思った。自分が、彼らと一緒にいた証として。



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