sincere

□冬と雪解け
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「どうしたの?」
「……ずっと、光先輩のことが好きでした。付き合って下さい!」

 勇気を振り絞って言いきった真知は、目を瞑りながら握りしめていたネクタイを光の方に差し出した。詩織は彼女のその行為に、面食らったように顔を顰めた。
 両手に丸められて差し出されたネクタイを、光は少し驚いた表情でジッと見つめていた。まさか真知が告白するとは思わなかったため、詩織にとっては沈黙が息苦しかった。真知が光に想いを寄せていたことは、詩織自身気付かなかったが皐月が教えてくれた。

「……何ですか、あれ」

 思わず呟いた詩織に、明月が横目で見る。

「ああ、あれね、ウチの伝統? 告白する時に自分のネクタイを差し出すんだ。成就したら、ネクタイを交換する感じ。男子と女子でネクタイの色が違うし、裏にイニシャルが刺繍されてるから……首輪をつけて所有物であることを主張する感じ?」
「首輪……所有物って……」
「単に、彼氏彼女がいるいないがわかりやすいだけなのです。別に強制ではないので全員がしているわけではありませんが、何時からか伝統化してしまったようなものですの」

 明月の言葉を選ばない説明に苦笑いを浮かべた詩織は、皐月の注釈に納得した。面白い伝統があるものだ。
 制服は男女共にネクタイなのだが、模様として入っているラインの色が違う。男子は深緑で、女子は臙脂だった。そしてネクタイの裏には生徒名のイニシャルが刺繍されているため、明月の説明は例えとしては合っている。
 ふと、校舎の入り口でポケットに手を突っ込んでこちら側をジッと見ている男の姿に、詩織は背筋が凍りついた。まだ誰も気づいていないが、野崎先生がいた。真知の父親であり、能研の顧問の先生だった。

「……隼人くん、野崎先生がいる!」
「マジで?! うわ、ホントだ! やべえぞ……どっちに転んでも後が怖い……」

 詩織の前にいる隼人に小声で耳打ちすると、隼人も気づいてギクリと肩を震わせた。なんてタイミングが悪く、そしてなんて場面に出くわすのだろうか。
 長く感じられる沈黙の後、光は優しくニッコリと微笑むと、真知の掌にあった臙脂色のネクタイをそっと手に取った。手の上からネクタイが無くなったのに気付いた真知が、おずおずと顔を上げる。
 光は自分のネクタイを外すと、一歩真知に近づいて制服のシャツに深緑色のネクタイを通した。

「……先輩……」
「僕で良かったら……これからもヨロシク」

 ニッコリと微笑みながら慣れた手つきでネクタイを締めると、真知の頭を優しく撫でた。真知の胸元に、深緑色のネクタイが凛々しく締められていた。
 真知の不安そうな表情がみるみる緩んでいき、やがて泣きそうな程嬉しそうな笑顔に変わった。
 詩織は思わずつられて笑みを浮かべ、初めて見る感動の瞬間に一人心の中ではしゃいでいた。隼人も小さくガッツポーズをしているが、皐月は特に表情を変えず、明月も相変わらず無表情のままだった。

「皐月ちゃん……嬉しくないの?」
「光先輩も真知さんのことを想っていたのを、私はずっと知ってましたです。ここでネクタイを取らなかったら、逆にビックリですけど……」
「俺は皐月から聞いて知ってた、かな」

 抑揚のない声で淡々と言った二人に、詩織は苦笑いを浮かべた。その視界の隅で、野崎先生がこちらに大股で近づいてくるのが見えた。
 佳奈子の横を通り過ぎた際に、佳奈子もギクリと肩を震わせた。気まずそうに頬を引き攣らせている。
 校舎の方を向いている真知の方が先に気付き、乾いた笑みを浮かべながら父親から目線を逸らした。その異変に気付いた光が、後ろを振り向く。

「よお、高塚……卒業おめでとう」
「ははは……ありがとうございます……」

 肩をキツく掴まれた光は、顔を引き攣らせながらもニッコリと笑って見せた。野崎先生の顔は、逆に怖い笑顔だった。
 詩織はハラハラしながら両手を握りしめ、光と真知がどうするのか心配そうに見つめていた。

「よし、じゃあお昼食べに行こうか」
「よっしゃー! 飯! 腹減った!」

 サラッと無視して、何事もなかったように背を向けた明月と隼人に、詩織はあんぐりと口を開けて驚いた。確かにお腹は減っているが、この張りつめた状況をそのまま放ってしまうのか。

「え……ちょっ……ええ?!」
「後は光先輩の力量に任せるだけですなの。私達はとばっちりを受けるだけかもですの。だから早々に退散するです」

 詩織の腕を引っ張り、歩き出した光と隼人の後に着いて行く皐月が非情にも先輩達を見捨てて行った。
 皐月の言い分は確かに合っていると思いながらも、詩織は心の中で先輩達に謝った。そして、明月先導のもと、学校を出た。




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