sincere

□冬と雪解け
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「ご卒業、おめでとうございます!」

 校舎の周りに、卒業生と在校生が溢れかえっていた。
 詩織達、能力研究会の部員達が集まり、花束を光と佳奈子に手渡した。他の部活動も同じようなことをしており、笑顔と花の香りが満ち溢れていた。
 詩織と隼人は自分達の卒業証書を片手に、高校三年生の見送りに来ていた。彼らが後輩達と会える時間は、限られている。すぐにまた各クラスに戻らなければならない。

「ありがとう。まだ卒業したくない気分だよ」
「ホントホント。いくら同じ敷地内とはいえ、一緒に能研に居れなくなるんだもんねー……」

 嬉しそうに花束を抱えながら、光と佳奈子が拗ねるような表情を見せた。そんなこと言われても、と真知が苦笑いを浮かべる。
 本当に、卒業なんて実感がわかないと詩織も思った。僅か半年くらいしか一緒に活動できなかったのに、随分と親切にしてもらって、世話になった。まだまだお礼をしなきゃいけないのに、二人とも大学という壁の向こうへ行ってしまう。会える頻度も極端に下がるだろう。
 詩織はぼんやりと光と佳奈子を見つめた。制服を着こなした二人は大人びていて、背筋が伸びて格好良かった。

「こんなときになんだけど、春休みに合宿を行うから良かったら参加して?」

 ズボンのポケットに手を突っこんだままという、ややだらしない姿勢で明月が二人に言った。光は苦笑いを浮かべる。

「……また詳細が決まったら連絡してよ。多分行けると思うから」
「合宿って何するの? 特にイベントとか無いよね」

 キョトンとしながら首を傾げた佳奈子に、事情を知っている在校部員は僅かに表情を強張らせた。
 春休みに5日間ほど行う予定の合宿は、ついこの間決まったばかりだった。企画は明月で、目的は……

「シンシアに対抗できる力を養うため」

 明月の代わりに、隼人が胸を張って言った。皐月を狙う能力者組織シンシアから、彼女を守り通すためには強くなる必要があった。今のままでは、シンシアとまともに戦えるのは詩織しかいない。能力による戦い方を知らない部員達に、篠宮が特別に叩きこむという強化合宿だった。
 光は然程驚いていない様子だったが、佳奈子は目を丸くして口まで開けた。暫くその状態で固まった後、真剣な表情になって頷いた。

「……そうだね。うん、必要だよね。卒業しても、私達も皐月ちゃんを守るから」

 優しい笑顔を見せて、詩織の隣でジッと黙りこんでいる皐月を見た。皐月は嬉しそうに、小さく微笑んだ。
 周囲を見ると、卒業生達が校舎の中に戻り始めていた。そろそろクラスに戻らなければならない時間らしい。
 光が顔を上げて辺りを見渡した後、佳奈子の肩を叩いた。明月も気づいて一歩下がった。

「悪いね、もう時間みたいだ。花束ありがとう」
「じゃあ、また今度会おうね」

 花束を片手に手を振った二人は、明月達に背を向けて校舎へ向かって歩き始めた。
 ずっとそわそわしていた真知が、一歩前に踏み出した。制服のネクタイを片手で解きながら。

「部長! あ、いえ、高塚光先輩!」

 精一杯声を張り上げて引きとめた真知は、両手にネクタイを握って背中の後ろに隠していた。明月や葉月、隼人はわかりきったように真知をジッと見ていたが、詩織だけキョトンとして首を傾げていた。
 足を止めて振り返った光は、真知の前まで戻ってきた。佳奈子も校舎の前で立ち止り、振り返った。
 光はニッコリと微笑み、どこか強張った表情の真知を見た。




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