短編小説

□双翼遊戯
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 気持よく晴れた空に、眩しい輝きを放つ白い雲。
 のどかに流れる時間は平和そのものだった。

 吉峰刻(ヨシミネ コク)が通う、ごく普通の高校にもその平和な時間は流れていた。普通といっても、彼らの世界に魔法が存在する時点で普通ではないかもしれないが。

 清々しい朝に、大きな欠伸をする。

「コラ吉峰! ちゃんと話聞いてるか」

 欠伸をした口がもう少しで閉じるというところで、出席簿で頭を軽く叩かれた。
 困り果てた顔をしながら腕を組んだ担任の先生が溜息をつく。周りのクラスメイト達の遠慮がちな笑い声が聞こえた。

「ちゃんと生徒会の話聞けよ。腐ってもお前風紀委員長だろ」

 先生の言葉に、刻は耳にタコができるほど聞き飽きたと顔で表わし、鬱陶しそうに手をパタパタとさせた。

 朝っぱらから校庭に立たされて、朝礼がある水曜日。
 友人の推薦と先生たちの推薦で選ばれてしまった風紀委員長。
 3年の春。ただぼんやりと日常を過ごしていた彼は、一瞬にして日常を失うことになる。

 先日の会議で聞かされている内容を、さらに再び聞く必要はないと刻は空を眺めていた。

「……!」

 突如感じた威圧感に、刻は顔を上げた。ある程度実力のある者なら、魔法が使用される気配というのを察知することができる。先生たち、そして優秀な者が集う生徒会やその他委員会の委員長や副委員長辺りの者がその異変に気づいた。

「何かあったのか? 刻」

 隣にいた友人が異変に気づいて問いかける。その異変が何かを探るようにキョロキョロしていた刻は、唇を噛み締めた。

「わからない。けど、何かが起こる……というか、来る……というか」

 曖昧な答えを返した刻に、友人は肩を竦めた。
 刹那、その場にいた全員に戦慄が走った。心臓を鷲掴みにされる恐怖感が襲い、莫大な力で押さえつけられるような、包み込まれるような感覚に誰もが動揺した。

『はぁ〜い! みなさん聞こえてますか? 見事選ばれたみなさんには、退屈なミコトちゃんのためにゲームをやってもらいまーす!』

 耳なりのような音の中に、高く甲高い女の子の声が聞こえた。全員に聞こえているらしく、彼女の言っていることの意味がわからなかったのは刻だけではないらしく、多くの者が首を傾げていた。

『ルールは簡単! もうすぐ九時だからー三時間後の十二時までにみなさんで戦ってもらうよ! 最後まで無事に生き残れた人は、ミコトちゃんが何でも願いを叶えてあげる! ちなみに範囲はこの学校の敷地内だけだよ。外へ出ようとした人はミコトちゃんの結界でジュワッ……だからね?』

 いきなり説明を始めたミコトちゃんとやらの声は、幼い子供のようにキャピキャピしていたが、説明の最後だけは無駄に強烈な殺意が込められているような気もした。
 刻はその説明に耳を澄ませながら、困惑する生徒達を前に顔を顰めている壇上にいる生徒会長を見た。

――とりあえずこの意味のわからない音声が消えるまで待機だ

 風に乗って届いた生徒会長の声が、刻だけの耳に届く。他の委員長などの役員にも伝達が言ったらしく、お互いに顔を見合わせていた。

『そうそう、大事なこと言い忘れてた。ミコトちゃんって忘れっぽいのよねー。大事なことっていうのはー願いを叶えてあげられるのは一人だけってこと。それも、必ず誰か一人は戦って倒してないとダメだよ? 反則したらミコトちゃん怒ってお仕置きしちゃうからね?』

 楽しげに笑っている声が、憎たらしく思える。一体誰がこんなふざけたことをしているのだろうか。全員に声を送り、学校全体を結界で包みこめる力のあるもの。まず、結界という高度な魔法を広範囲で使える時点でかなり強い魔法使いと考えられた。

『じゃあ、みんな頑張ってね。ミコトちゃんを楽しませてよ。アハハハハハハ!』

 気味悪い笑い声と共に消えた音声。何が何だかわからないまま、先生も生徒も茫然とその場に立ちつくした。
 ふいに、鳴り響いた大きな鐘の音に刻はビクリと肩を震わせた。
 九時を告げるチャイムの音。先ほどの変な音声の言ったことが本当ならば、ふざけたゲームの始まりの合図だ。




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