短編小説
□淡いサクラのように
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急に温かくなった日差しに春の訪れを感じて、俺たちは初めて実感する。
4月に、なった。
「琴葉…クラス分け見に行かないのか?」
いつもと何も変わらない殺風景な屋上。変わったといえば、日差しがコンクリートに照りつけて白に反射し、普段より明るいことぐらいだ。
そんな変わらない景色の中に溶け込むような少女が1人。
肩のあたりで切られた髪は自由に風に流され、眩しい程の白いシャツの上には薄いピンク色のカーディガン。
そこで、俺は顔をしかめた。問い掛けの返事が返ってこないからではない。どうでもいい質問が彼女に無視されるのはたまにあるのだから。
「そのカーディガン校則違反だろ」
ゆっくりと、こちらを振り返った彼女は満面の笑みを浮かべる。
「大丈夫。ベージュもあるから」
彼女は屋上の端に置かれた鞄を指しながら言った。服装規定として、カーディガンは黒か紺、白、ベージュの4色に限られている。ちなみに今俺が着てるのは紺。
「…桜になるため?」
「まぁ、そうかな。零のために、大きな桜をここに咲かせるの」
無邪気に微笑みながら、彼女は桜色に包まれた両手を広げた。
可愛い、の一言で表現するならばそれに尽きるのだが、確か琴葉はそういった言葉が好きではなかったような。
「そういえば屋上が寂しいから桜を咲かせよう、とか無茶なことを言ってたのはこういうことだったのか」
「違うよ。これはただの冗談という名の暇潰し。明日から工事が始まるの」
「工事? この屋上が?」
「そ。ここは空中庭園になるの」
寂しい景色を名残惜しむかのように、ふわふわと屋上を漂いながら言った琴葉の言葉に俺は返答に困った。返答に困ることは多々あるのだが、今回はさすがに驚きが半端ない。
「それはまた……随分と大胆なことを」
「本当は温室を別に作ってほしかったんだけど、今年で卒業する生徒のためだけに作れないって却下。でも空中庭園なら他の生徒の憩いの場にできるからって。早くて6月にはできるんだって」
琴葉は嬉しそうに言った。成績優秀で学校が優遇、親が寄付金を多く出しているため結果的に好き放題というわけだ。でも確かに空中庭園はいい。学校としても売りになる。だから快く承諾したのだろう。
「それまではどうする。屋上は入れなくなるだろ」
「いい場所を見つけたの。明日から私はそこにいるよ」
「どこ?」
「内緒! 探してね」
「……いいよ。暇潰しになる」
茶目っ気を含ませて言った琴葉に、俺は頷いた。
今年も、毎日が暇潰しで終わるかもしれない。
俺達は、高校3年になった。
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