月下紫舞

□第六章 変化
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「さて……どうする? 暁くん」

 薄暗く静かな牢獄で、無機質なコンクリートの壁にもたれて腕を組んだ理事長は、強固なプラスチックの壁の向こうを見据えた。眼鏡の奥の瞳が鋭く光る。
 狭い箱のような部屋に閉じ込められているのは、薄汚れたスーツ姿の男だった。

「中に入らせて下さい」

 透明な壁を前に男を無表情で睨む暁が、静かな声で言った。漆黒の髪に瞳、風もないのに揺らめくコートが死神の如く、その手には黒く不気味に光る鞘に納められた日本刀を握っていた。

「今は気絶してるよ。暴れるもんだからこちらも手を出させてもらった」
「構いません。少し確認したいことがあるので」

 壁についた操作パネルに身分証を通しながら理事長は言った。
 淡々と答える暁の眼は冷たく、纏う空気が重々しかった。
 これが紫苑珠稀とはまた別の、黒薙暁の冷酷さなのだろうと理事長は思った。

「確認したいことって?」

 分厚いプラスチックの壁に、大人一人が身を縮めて入れる大きさの穴ができた。
 暁は屈んでその穴から入るのではなく、粒子のように肉体を霧散させ、中に入ってから再び肉体として構築し直した。
 空中に浮いたままだった刀を手に取り、暁は男の前に立った。

「彼は人間ではないので……誰から血をもらって転化したのか、です」

 暁は鞘から銀色に光る日本刀をすらりと抜くと、その切っ先で男の頬を掠めた。
 切れ味のいい刀は頬に細い線を入れ、赤い血が滲みだした。
 そのたった僅かな血の匂いに暁は顔をしかめた。理事長は首を傾げながら暁の顔を覗き込んだ。

「わかった?」
「……えぇ、まぁ」

 1秒で治ってもいいくらいの僅かな切り傷は、刀が銀でできているためになかなか治らなかった。
 暁は刀を納めてしゃがみ込むと、何かを思案しながらジッと男の顔を見た。

「暁くん、誰の分血か教えて貰えると嬉しいなー……」
「紫苑湊です」

 小さな声で即答した暁に、理事長は自分の耳を疑うように首を傾げ、顔を顰めた。

「え……えええ?!」

 思わずあげてしまった大きな声に自分でも驚きながら、状況を理解しようとした。
 さらりと答えた暁の様子から考えると、彼ら正院の中ではすでに紫苑湊の存在が確信されていたのかもしれない。7年前に政府と一悶着起こし、行方不明になっていた紫苑湊の生存を。

「詳しくは後々説明していきます。今は彼がどういう経緯で血を得たかを、彼の意識に入って調べてきます」

 刀を床にそっと置きながら言った暁に、理事長は何度か頷いた。

「頭痛薬……用意しておこうか?」

 声をかけた理事長を、暁は振り返った。鼻で笑うように、眼を細めた。

「大丈夫」

 珠稀が仮死睡眠治療に入ってから、荒んでいた暁が初めて笑みを浮かべた。
 理事長は感心するように腕を組んで首を縦に振った。
 男の額に触れた暁は、眠るように眼を閉じて動かなくなった。




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