sincere
□お餅と心
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『あ、やっと出た』
賑やかな街中を歩きながら携帯の電話に出ると、淡々とした明月の声がした。その後ろから光らしき声と皐月のような女の子の声がした。
詩織はキョトンとして暫く黙り込んでしまった。
『おーい詩織ちゃん? 聞こえてるー?』
「……あれ、高塚先輩?」
急に光の声に変わったため、詩織は目を丸くしながら首を傾げた。
何やら電話の向こうで携帯を取り合う騒動がしたと思ったら、次に出てきたのは皐月だった。
『こんにちは詩織さん。冬休みで会えなくて寂しいです』
「こんにちは、皐月ちゃん。私も会えなくて寂しいよ」
素直な皐月の言葉に、詩織は小さく笑みを浮かべながら丁寧に答えた。
すると、皐月が誰かに文句を言う声が微かに聞こえたかと思うと、また話者が変わった。
『ごめん詩織。……鬱陶しいなぁもう黙ってよ光!』
「聞こえてますよ、飛田先輩」
ようやく自らの携帯を取り返した様子の明月に、詩織はクスクスと笑った。
疲れたように明月は深い溜め息をつく。
『ほんとゴメン。家に光が来てて……皐月もいて。詩織が中々電話に出なかったから……』
「あ、すいませんでした。所用で人と会っていたので。三人で何か楽しいことを企んでるんですか?」
詩織は携帯を片手に、スーパーの中へと入る。今日の晩ご飯は何にしようかと考えながら、買い物カゴを手に取った。
『楽しいことっていうか……光の独断による企画なんだけど』
「何ですか?」
『新年会みたいなのを、俺の家で勝手にやることになったらしい』
光への嫌みを当てつけがましく言う明月に、詩織は仲がいいなと思いながら笑みを浮かべる。
新年会と聞いて、サラリーマン達が宴会場で一発芸をするというイメージしかない詩織は、いまいち何をするのかわからなかった。
ただ、彼等が企画する何かは楽しそうだということくらい。
「えっと……それはいつやるんですか?」
『今のところ1月4日を予定してる』
明月の言葉に、豚バラ肉に手を伸ばしていた詩織は思わず固まった。
三が日を外した4日というのは妥当な日程なのだろうが、詩織には思いっきり予定が入っていた。
詩織の沈黙から察したのか、携帯越しの明月も気まずそうに言葉を詰まらす。
『あー……無理な感じ?』
「すいません! 年末から年始にかけて、暫く用事が入ってて……用事というか打ち合わせというか……」
『もしかしてアレ?』
指示語で言った明月に、詩織はふと思い出した。そういえば、三人とも詩織の正体を知っていたと。
詩織の父親は警視庁の対能力犯罪対策本部を総括しており、詩織は直属の能力者特別部隊に所属している。
といってもまだ中学生であるため、表向きには言えないことなのだが。数ヶ月後、高校生に上がったら正式な隊員とされる。
「あ……そういえば先輩知ってましたね。すっかり忘れてました」
『ダメじゃん……で、やっぱりそうなんだ』
「はい。もう少し話がまとまってからお話する予定だったんですが、父の能力者の部下が1人、皐月ちゃんの護衛として派遣されました。私と連携をとる形なので、その方と今日も打ち合わせをしていたんです」
今度こそ豚バラ肉を掴み、買い物カゴに入れた詩織は次に野菜売り場の方へ向かった。
今日の晩ご飯は豚とたっぷり野菜の炒め物だ。
『なんか……大事だね』
「そりゃあシンシアに狙われてるんですから。近いうちに皆さんにもご紹介します」
『んー……じゃあ新年会は無理か……』
「残念ながら……本当にすみません」
思わず一緒に頭を下げてしまいながら、詩織は沈んだ声で言った。
何をするのかよくわからないが、楽しそうだったのに。
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