sincere

□一歩と想い
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 本邸や訓練施設から少し離れた、敷地の一番奥の部分は林ではなく広場のようになった一面の芝生があった。昔は兄や母、使用人達と一緒にドッジボールをしたりかけっこをした場所。
 詩織は広場の中心にしゃがみ込み、膝に乗せたボードと書類にペンを動かしながら左右の状況を横目で見る。右側では篠宮が、左側では慶介が各々の担当の生徒を指導していた。

「光、本当に微弱電流を感じ取っているか?」
「やってます! わかってます! けどそれが筋肉に作用してどう動くかが、まだわかりにくいんです……」
「隼人! 風船1つ割るのにいつまでかかってるんだ!」
「いきなり見えない背中の風船割れって言われても、無理だろー!」
「能力は想像力だって昨日言っただろ! 何も学習してねえな」

 光と対面して指導する慶介は隼人の方を見ながら怒鳴った。隼人は背中の服に張り付けられた風船を能力で割る練習をしていた。彼は目で見たものしか“破壊”することができないのだ。
 一見何もしていないように見える光は、慶介が背中に隠した両手をどのように動かすかを、脳の電流を読み取り筋肉の動きを把握する。慶介は右手だけでピースをしたり、両手を握りしめたり、手を組んだりする。光はその動作を20%の確率でしか言い当てられていなかった。

「野崎真知、いい加減真面目にやらないと地面にどんどん穴が開くぞー……」
「めっちゃ真面目なんですけど?!」
「八神佳奈子、まだ一滴もできてないのはどういうことだー?」
「やってます! いや、やってる筈なんですけど?!」
「飛田皐月、どうやらまだ俺の声は届かねえみたいだなー……」
「…………」

 腕組みをして並んだ女子3人を見る篠宮は、厳しいようでゆったりとした雰囲気で訓練を行っていた。真知は適当に拾ってきた大きめの石に重力の操作をしている。無重力状態で石を浮かせ、目線の辺りまで浮かんだら次は荷重をかける。石が地面にめり込む前に再び無重力にして浮かせる……の繰り返しの筈だが、先程から石は地面に叩きつけられて芝生の土に埋まってばかりいた。
 佳奈子は水や水蒸気から氷への状態変化は得意であると判断し、水蒸気から水への状態変化をマスターするために適当に空気中の水分を水にするわけだが、一滴もできていないようだ。
 そして皐月は一方通行のテレパシーが双方向になるための訓練。篠宮が心の中で皐月に言っている言葉を聞きとるというものだが、皐月はただ顔を顰めて篠宮を睨んだまま、無言だった。

「隼人くん、背中に風船があることは明らかなんだから、その風船が割れる光景をイメージするの」

 書類を挟んだボードを持ったまま立ちあがった詩織は、何故か目を瞑ってひたすら力み続ける隼人の隣から助言をした。
 隼人は肩の力を抜いて溜息をつきながら首を傾げる。

「イメージはしてんだけど、どうも上手くいかない……」
「力むのはよくないよ。能力は筋肉で使う力じゃないからね。ただイメージしてできないなら、俯瞰的にイメージしてみれば?」
「ふかんてき……?」

 言葉の意味が理解できずにさらに首を傾げた隼人に、詩織は苦笑いを浮かべた。

「空を飛んでいる鳥が自分を見下ろしているような、そういう視点での光景をイメージするの。隼人くんは空からこの場所を見下ろしていて、地面に立つ隼人くんの背中で風船が割れる光景……」

 詩織の言葉に頷きながら、隼人はぼんやりと空を見上げてイメージを作る。丁度タイミング良く、小さな鳥が二匹青空を駆け抜けた。
 ぽかーんと間抜けに開かれた口が閉じた刹那、バン!と音を立てて風船が割れた。あまりの突然さに詩織も驚いたが、他の皆も驚いた様子だった。
 風船が割れた喜びを噛み締めるように、隼人は目を輝かせながら詩織の方を見た。

「おおー!! 割れた!」
「やるじゃねえか隼人! ちょっと待ってろー次の準備するからな」

 笑顔を浮かべながら隼人を褒めた慶介は、小学生のようにはしゃぐ隼人とハイタッチをする。慶介は地面に置いたビニール袋からしぼんだ風船を4つ取り出すと、息を吹き込んで膨らまし始めた。息抜きだと光も手伝わされる。
 詩織は少し安心しながら、何かコツを掴めた様子の隼人に微笑む。

「隼人くんの“目”が捉えるものだけが見える世界の全てじゃないよ。人間はよく出来た生き物で、想像力で補えるから……その目が見えていなくても、隼人くんの頭の中で見えていれば、それは全部隼人くんの世界なんだよ」
「じゃあ俺、目が見えなくても能力で何かを壊せるようになるってこと?」
「目が見えなくても周囲の状況を把握することはできる。音や風の動き、匂い……五感全てが隼人くんの世界を構成するんだよ。けど目を瞑ってやるのはまだまだ無理だけど」

 能力をさらに極めた先を思い浮かべ、隼人はやる気を出したようだった。一番能力値の低い彼だが、性格が単純であるためそこを上手く利用すれば伸びはいいのかもしれない、と詩織は感じながら肩を竦めた。
 膨らませた風船を慶介の指示通り地面に置いて、飛ばないように結び目をテープで草に留めていた光の方を詩織は振り返った。





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