sincere

□決断と涙
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「お久しぶりです、詩織さん。本日は宜しくお願いします」

 学校に到着した小型バスから、黒い背広に身を包んだ初老の男が降りてきて、深々とお辞儀をした。

「こちらこそ宜しくお願いします、小波さん」

 ニッコリと微笑みながら頭を下げた詩織は、振り返って部員の方を向いた。それぞれが合宿用の荷物を手に、目の前にあるバスに口を開けて茫然としていた。小型バスを個人所有しているなんて、部員達には馴染みのない世界だった。
 一歩前に出た明月は、小波に頭を下げると小声で挨拶をし、軽く握手を交わした。

「早速ですが出発しましょう。お時間が結構かかりますので」
「そうですね。じゃあ皆適当に乗って!」

 手袋をしっかりとはめた小波の言葉に、明月は号令をかけた。遠足気分の隼人が、一番にバスの中に飛び乗った。光と真知、佳奈子が続き、皐月も乗り込んだ。
 バスの中から隼人の大きな声が聞こえ、光や佳奈子が騒ぐ声も聴こえた。座席を向かい合うようにしておいたため、喜んではしゃいでいるのだろう。まるで、テレビでよく見るロケに行くバスの中のようだ、と。
 詩織は明月に先に乗るように促すと、明月は小さくヨロシクと言ってから乗り込んだ。

「んじゃ、反射結界張るぞー」

 バスには乗らずに後ろで見ていた篠宮が詩織に声をかけた。詩織はバスから少し離れ、頷いた。
 バスの下の地面に光の輪が出現し、バスを取り囲むように広がると包み込むように空に向かって光が伸びた。移動中にシンシアから襲われないように、篠宮の反射結界を維持しながら詩織の実家に向かう。篠宮は自家用車でバスの後ろについていく形だ。

「問題無いとは思うが、念のため警戒しとけよ。ピッタリ後ろをついて行けるわけじゃねえから」
「はい。明月先輩の直感もありますし、警戒は怠りません」
「何かあったらすぐに連絡するように。助手席に神楽を乗せてるから、向かわせる」

 篠宮の言葉に、詩織は頷いた。門の外に止めてある篠宮の車の中に咲哉が待たされていた。もう一人の安藤というメンバーは大学生であり、午前中に用事があるから昼から車で来るという連絡を受けていた。
 顧問の野崎先生が、校舎の窓からバスの様子を見下ろしていた。学校で仕事を終えてから夕方頃に来るそうだ。真知が光に告白した卒業式以来、詩織は今日久しぶりに野崎先生を見たが、いつも通りだった。交際は一応認められたのだろうか。

「んじゃ、そろそろ行くか」
「はい。護衛及びご指導、5日間よろしくお願いします!」

 右手でビシッと敬礼をした詩織に、篠宮は頷きながら敬礼を返す。
 バスの中に乗り込んで小波に出発するように頼むと、お互いの顔が見えるように輪になっている座席へと向かった。既に全員が適当な席に座っており、詩織がどこに座ろうかとキョロキョロしていると真知が明月の隣の席を指した。
 部長として一番後ろの席に座っている明月の右隣に副部長の真知が座り、左隣が空いていた。

「……ここですか?」
「うん。詩織ちゃんのご実家だし、私よりも企画に携わってるもん」

 平部員の詩織が首を傾げると、真知はニッコリと笑いながら座るように促した。副部長と会計を担当している真知だったが、生徒会の引き継ぎ等で忙しく、合宿の企画にあまり参加できていなかった。
 詩織は気まずそうにも明月の隣に腰を下ろした。隣に、皐月が座っていた。



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