sincere

□冬と雪解け
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 冷たい風が肌を撫でる。まだ蕾もない桜をジッと眺めて、開いたときの姿を思い浮かべる。きっと、切なくなるほど美しいんだろうと。

「詩織!」

 聞きなれた声に、詩織は振り返った。珍しく制服を正しく着た隼人が、大きく手を振っていた。
 詩織は笑みを浮かべて友人達の待つ方へ走った。


 春が来る。
 今か今かと桜が暖かい日差しを待ち望んでいる。
 迫りくる恐怖に怯え平和な日々を過ごしている自分達の気も知らずに、時は進む。

「早くしねえと遅れちまうぜ。俺達も一応卒業生なんだから」

 胸元のコサージュをつけなおしながら、詩織は隼人の言葉に頷いた。中高一貫の彩星学園の卒業式は、中学3年と高校3年を合同で行う。といっても、メインである高校生の卒業式に中学生が同席するといった形だ。
 そのまま高校に上がるため卒業する気はさらさらないのだが、一応中学を卒業する。

「式が終わったら……お花渡さないとね」
「式中に真知先輩と皐月が花を取りに行ってくれる手筈だな。間に合えばいいけど」

 講堂へ向かう廊下を、式後のことを考えながら歩く。卒業式に参列するのは、中学と高校の3年と、高校2年だけである。約1時間半の式中に駅前の花屋まで自転車で予約した花束を取りに行く。真知はともかく、皐月が途中で疲れ果てそうだ。
 詩織は風で乱れた髪に手櫛を通す。めでたい今日も、学校に篠宮が待機している。万が一、シンシアの襲撃を受けることになった場合に備えて。

「俺達も高校生かー……実感わかねぇ……」
「私は、やっと高校生になれるって感じ。ちゃんと、特殊部隊の一員として認めて貰えるから。それに……」

 3月の不安定な天気を表すようにどんよりと曇った空を見上げ、詩織は言葉を切った。その瞳は遥か遠くを見つめていて、詩織の存在がふわふわと浮いているように思えて隼人は少し不安になった。

「それに、もう子供じゃないって、胸を張って言えるような気がする……」

 自分に言い聞かせるように、この空の遠くにいる兄に宣言するように、詩織はポツリと呟いた。
 もう、子供じゃない。
 だから何だ、と突っ込みを入れられそうだが、詩織にとっては大きな事実だった。




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