ブリーチ小説

□窓越しの君
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窓越しの君




電車の音が、朝の光のなかで、鳴り響く。
それは、大きくもなく小さくもなく、まるで、町の一部であるかのように、溶け込んでいる。
一護は、ふわりと欠伸をひとつ零すと、白線にそって歩き出す。
別に、決めたわけではないが、気付けば、いつも同じ場所から電車に乗り込むようになっていた。

ゆっくりと車両が止まり、扉が開く。
一護が立つこの場所は、ちょうど扉のある所でスムーズに乗り込むことができる。
すぐ側の席に座り込み、持っていた雑誌を開く。
ふと、目に入った前の席に、一護は溜息をついた。

ああ、今日もだ。

一護の前に並ぶ席は、誰もおらず。知らず知らずのうちに、落胆している自分がいた。
この前の席にいつも座っていた、小柄な女性が目に浮かぶ。
いつも、かっちりとしたスーツを身につけ、静かに座っている。
座る彼女の姿は、背筋がピンと伸びていて、こちらまで、心が引き締まる気がした。
今どき、珍しい黒髪が、彼女には、とても似合っていて、綺麗だと素直に思った。
彼女は、一護のなかで、いつの間にか、当たり前になっていた。
そこにいるのが自然で、気付けば、いつも見つめるようになっていた。

電車が動きだす。
また、今日も、彼女の姿を見つけることは、出来なかった。














「おーす!!一護、何、しけた面してんだよ」


バシッ、と背中を叩かれ、振り返ったさきにいたのは、溌剌とした笑顔を浮かべた従兄だった。


「海兄、痛ぇよ・・・」


従兄の志波海燕と一護は、よく似ており、本当の兄弟と間違えられることも多い。実際、一護は海燕のことを兄のように慕っているし、嫌ではない。むしろ嬉しくもある。
反論しようとした一護の頭を、海燕が掻き回す。それは、まるで、小さい子供のように思えて、一護は顔をしかめる。


「おら、何、拗ねてんだよ。いい男前が、台無しだぞ」


「うっせ・・」


ふいと、顔を背ければ、軽やかな笑い声が聞こえてきた。


「都先輩」


真っ直ぐな黒髪を後ろで、一つに纏め、涼しげな様子で立っている彼女は、海燕の妻で、一護にとっては、本当の姉ように思っている。仕事に対し彼女は、誰よりも厳しいが、さりげなく仲間をサポートする姿は、一護の憧れでもある。
ふと、彼女の黒髪に目がいった。


「都先輩も、黒髪なんですよね」


何気なく零れ落ちた言葉に、海燕と都は顔を見合せる。そして、二人して微笑む。


「海兄?都先輩?」


首を傾げる一護の肩に腕を回した海燕は、納得したかのように、何度も頷く。

そして。


「はは〜ん。さては、お前、彼女でも出来たか」


「は?」


訳が分からず、一護はただただ、困惑するしかない。

「なんだ、違うのか。じゃあ、そうだな。"恋"、てところか」


あ、と思った瞬間、胸に落ちて、一護は動きを止めた。
浮かんだのは、いつも、電車で見かける彼女だ。
そうか、と。ようやく理解する。


「ああ、そっか・・・・」


ほっと、安堵する。
それを見た海燕が、呆れ顔で一護の額を叩く。


「お前、まさか、気付いてなかったのか?」


図星だから、一護は何も言えない。
口を閉ざせば、遠慮なく大笑いされた。


ようやく、分かった。
どうして、彼女を、毎朝探していたのか。
それは、とても、シンプルなもので、気付かぬうちに、一護の胸に根をはっていた。

彼女が、好きだ。

また、逢えるだろうか。

窓越しに見えた都の黒髪の奥に、彼女の姿が見えた気がして、一護はそっと微笑んだ。



END

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