ブリーチ小説

□一人ではないから
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一人ではないから




十番隊の執務室。

そこのソファーに勧められるままに、座ったルキアは、途方に暮れていた。

目の前では、素晴らしい美貌の持ち主が、長い金色の髪をかきあげ、にっこりと微笑んでいる。

確か、自分はここに、書類を届けに来たはず。

なのに、テーブルの上には、来客用のお茶とお茶請けまで、用意されているのは、何故なのか、ルキアには分からない。


「あら、やだぁ!そんなに固くなんなくても、朽木のこと、食べたりしないわよぉ。それより、ほらほら!この羊羮食べてみなさいよ。もぉ、ほんっとに、おいしんだから〜。ね、隊長」

十番隊副隊長、松本乱菊がにこにこと、ルキアに差し出している、羊羮。

高々、羊羮。

いや、それが、問題なのではない。

差し出している相手が、副隊長ともなれば、無下に扱う事など、できない。いや、恐れ多くて、口にするのを、躊躇う。

ルキアは、本気で、迷っていた。


「おい」


声が聞こえ、ルキアは、はっと顔を上げる。
机に向かい、黙々と、書類を捌いていた銀髪の少年から、発せられたものだ。
翡翠の瞳には、力強さが宿り、端正な顔がさらに、雄々しく見える。
戸魂界の中で、彼の名を、知らぬ者など、誰もいないだろう。

史上最年少で隊長へと上り詰めた、現十番隊隊長日番谷冬獅郎は、深い皺を眉間に寄せ、己の副官を見据える。


「なに、脅してんだよ。松本。おい、朽木、そいつの事は気にするな。遠慮せず、食ってみろ。なかなか、美味いぞ」


えー、と乱菊から非難が飛び出すが、日番谷は、取り合おうとはせず、書類を捌きはじめる。


日番谷にそこまで言われてしまえば、ルキアは断るわけにもいかない。

この際、職務中であることは、忘れてしまおう。

ルキアは、おずおずと、食べてみた。

ふわり、と香る小豆の甘味が絶妙で、いつの間にか、顔が綻んでいた。

それを見ていた乱菊が、はしゃぎだす。


「ね、ね!美味しいでしょ?わたしも、隊長も大好きなのよ」


にこにこと笑う乱菊につられ、ルキアもいつの間にか笑っていた。


「ようやく、笑ったわね」


「え?」


問い返せば、先程までの陽気な空気は消え失せ、真面目な顔をした乱菊とぶつかった。


「松本、副隊長殿?」 


「あんま、踏み込むつもりはないんだけど。朽木さ、昨日、泣いてたでしょ」

ルキアは、一瞬、息を飲んだ。

それを感じたのか、乱菊は、苦笑いして、ルキアを見つめる。


「ごめん、あそこにいたの、恋次だけじゃないのよ。私も、書類届けるので、偶然、ね。聞いちゃったの」

ごめんなさいと、再度謝られて、ルキアは、頭が真っ白になる。

しかし、直ぐに、乱菊に向き直る。


「謝ったりなど、なさらないで下さい。私の方こそ、お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありませんでした」


慌てて言えば、乱菊は、悲しそうに、ルキアを見ていた。


「ね、朽木。どうして、見苦しいなんて、思うの?誰かを好きになって、想い悩んだり、泣いたりするのは、恥ずかしいことなんかじゃないわ。だから、そんな悲しいこと、言わないで」

「松本副隊長殿・・・」


「私も、ね。辛い恋も沢山してきた。好きになっちゃいけないんじゃないか、て悩んだこともある。でもね」


ふわり、と乱菊が目を伏せ、笑った。

それが、とても、綺麗で。
ルキアは、吸い込まれるように、魅入った。


「でも、好きになったこと、後悔はしていないわ」


あまりにも、優しい微笑みだから。

ルキアは、涙を堪えることが、出来なかった。

幸せなのだと、乱菊の全てから醸し出されるやわらかな、そしてあたたかな空気が、張り詰めていたルキアの心を震わす。


「朽木、一人で抱え込まないで。もっと、周りを頼っていいのよ。一人で悩んでばかりいたら、心が枯れてしまうわ」


隣に座った乱菊に抱き寄せられ、ルキアは素直に泣いた。

背中をする手の温もりが、優しくて、優しくて。

涙が止まらなかった。


今だけ、今だけだから。

そう何度も心で呟き、ルキアは泣き続けた。
















「ね、隊長。怒ってます?」

日が沈み、暗くなりはじめた空を見つめ、乱菊が言った。
ソファーに足を抱えこんで座る先には、愛しい人の姿がある。


「それは、書類をサボったことに対してか?それとも、寄り道したことか?」


ああ、どうして、この人は、こんなにも優しいのだろう。

乱菊は、微笑みを浮かべ、彼の人を呼ぶ。


「隊長」


「なんだ」


「隊長」


「だから、なんだ」


眉間に皺を寄せる姿でさえ、こんなにもいとおしい。

「大好きです、隊長」


「知ってる」


「もぉ!こういうときは、俺も、て言わないとダメですよぉ。隊長、女心が分かってなーい。もぉ」


ふと、感じたのは、温かいぬくもりと、愛しい人のかおり。

気付けば、乱菊は日番谷の胸に倒れこんでいた。


「隊長!?」


真っ赤な顔をして叫べは、耳に馴染んだ低い声が、やさしく下りてくる。


「無理すんな。泣きたいときは、なけよ。俺の前で、我慢する必要はねぇ」


呼応するかのように、涙が零れ落ちる。

今のルキアを見ていたら、少し前までの自分を思い出した。

年齢とか、世間体とか、沢山のことを理由にして、諦めようとした。

でも、諦めようとしていた乱菊の手を離さないでいてくれたのは、日番谷だった。


「たいちょ、大好きです」


「ああ」


すすり泣きの合間の言葉ですら、彼は救い上げてくれる。

誰よりも、愛している。


「大好き・・」


今、こんなにも、幸せだから。

諦めてほしくない。

彼らが、幸せになりますようにと。

愛しい人の腕の中で、乱菊は祈り続けた。




END

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