封神小説
□触れた温もりの中で
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触れた温もりの中で
ビルが立ち並ぶなか、街ゆく人々は、皆早足で駆け抜けていく。
立ち並ぶショーウィンドーからのぞくのは、赤や緑が鮮やかなツリー。
普賢は街に溶け込むように立つ電灯に背を預ける。
気が遠くなるほどの時間の中で、いつしか仙道と呼ばれるもの達は、伝説へと名を変えた。
今目の前を歩く人々は、遥か昔、空に仙道と呼ばれたものたちが住まう仙界があったことなど、もはや知ることもないだろう。
確かに、存在したはずなのに、人の世では自分たちは存在しない幻なのだ。
それが、少しおかしくもあり、淋しくもあると普賢は思う。
けれども、仙界にいるもの達は、変わらず研究に明け暮れ奇妙な発明やら、ラボを破壊したり、相変わらずのど派手な喧嘩を繰り広げたりしている。
今日もどこぞで激しい爆発音がしているのを、普賢は庭弄りしながら聞いているのだ。
ふっ、と吐いた息が白く凍る。
マフラーを引っ張り上げ、口元を覆う。
視界に見えたむき出しの手が、かじかんで鈍く痛む。
着こんだセーターとコートの隙間から、寒さが吹き抜けるようだ。
遠い昔に、一度肉体を失ったはずなのに、またこうして感覚を取り戻すのは、普賢には不思議だった。
再び身体を得たのはいつだったか、もう、思い出せない。
それが、時の流れというものなのだろう。
ふと感じた懐かしい仙気と、背中に感じた暖かいぬくもりに、普賢は目を細めた。
「久しぶりだね」
空を覆う厚い雪雲から、雪が降り始める。。
「そうだのう」
「どこに行ってたのさ?」
最後に会ったのは、いつだったか。
寒さが舞い降りる、誰も立ち止まることのない街の片隅が普賢には陽だまりのように思えた。
まるで、切り取られた空間のように、時間が止まる。
「その辺をぶらぶらしとるよ」
耳に届く声は、昔と何一つ変わらない。
それがやけに、胸の奥に響いて、泣いてしまいそうだった。
それを、唇に力を入れて堪え、笑う。
「わざわざ、教主様が捜しに来てるんだよ?」
神界から無理やり引っ張られて来たのだと言えば、カラカラと笑い声が聞こえてきた。
笑う姿が目に浮かんで、普賢もいつの間にか、くすくすと笑っていた。
背中越しに届く言葉は、優しかった。
「あやつらしいのう」
「戻ってくる気、無いんでしょ?」
笑いが止まり、微かな吐息から聞こえてきたのは苦笑いだった。
「楊ぜんは君に、帰る場所を作りたいみたいだよ?」
呟いた瞬間、左手に感じたのは、あたたかいぬくもり。
手の平を包み込む彼の温もりが、普賢の心を満たす。
「残念だか、わしの帰る場所は、一つだけだ」
繋いだ手に力が籠もったのが分かった。
驚き、軽く目を見開いたが、普賢はすぐに笑みを浮かべる。
彼の帰る場所は、自分の元なのだと、そう言われた気がした。
「そろそろ行くよ」
「うん」
言葉とは裏腹に、繋いだ手に力が籠もる。互いの指を絡め、強く強く、握り締める。
そっと解いたのは、どちらだったか。
呆気ないほど簡単に離れたぬくもりが、冷たい空気にさらされる。
それが淋しくてならない。そう思ったときだった。
「普賢」
今日、はじめて、名前を呼ばれる。
それだけで、冷たいはずの手の平に熱が戻る。
「何、望ちゃん」
名を呼んでくれたことが、嬉しくて。
彼の中で忘れることなく存在することが嬉しかった。
だから、普賢も彼の名を呼んだ。
゙伏羲゙としてではなく、普賢が知る彼の名を。
背中越しに彼が笑った気がした。
「ではな」
「うん」
遠ざかる気配が完全に消えてから、普賢はようやく息を吐いた。
そして近づいてきた仙気を迎える為に、普賢はいつもと変わらぬ笑みを浮かべる。
流れる人混みの中で、目立つ澄んだ青い髪の青年を見つけ、少しだけ苦笑いを溢す。
苦労性の教主を囲むのは、年若い女性たちだ。
困り顔で立ち往生する彼を助けるため、普賢は歩きはじめた。
END