封神小説

□燃ゆる面影
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燃ゆる面影




人は何故、争うのか。

それは、幼き頃から変わることなく、太公望の中で刺となり、苛む。
じわり、じわりと滲みでる血は、すべてを失ったあの日のことを嫌でも、思い出させる。 
それが、おめおめと生き残った己への罰であり、進むべきさきへの導である。


そう。どんなに、苦しくとも。
この痛みは、己が背負わなければならないものなのだ。




ぱちりと、火の粉が跳ねる。
太公望は目を開け、辺りをうかがう。
夜の闇に浮かぶ火が、自身の影を長く、大きく夜空にうつす。
目に映るのは、しんと静まりかえった陣営だ。


ふと、見知った仙気を感じて顔を上げる。


「来たのか、普賢」


清々し朝に似た香りが、太公望を包み込む。
一層香りが近付き、己の傍に来たことが、分かる。
それでも、あえて顔を向けないのは、甘えてしまうのが分かっているからだ。


「久しぶりだね、望ちゃん」

普賢は太公望のすぐ後ろに腰を下ろし、背中を合わすとくすりと笑んだ。
今の己の心を読んだかのように、普賢は太公望を見ようとしない。それが少し悔しくもあり、有り難かった。
じんわりと伝わる自分とは違う体温と重みに泣きたくなる。


不思議だと、いつも思う。普賢はいつだって、己の傍にいる。
逢いたいと、どうしようもない焦燥感にかられたとき、いつだって。
彼はいつの間にか、太公望のとなりにいる。
それが心地よくもあり、それと同時に危ういと感じる。己の心の奥深くまで入り込む彼は、自分にとって脅威となるのではないかと、太公望は考えてしまう。

もしも、普賢真人という存在が無くなれば、自分は生きていけないのではないか、と。言い様のない不安が、太公望を覆うのだ。


「恐がらないで、望ちゃん」

そっと、手を包み込まれる。近づいたぬくもりに今まで感じていた焦りや不安が、すっと消えてゆく。


太公望は深く息をはいた。


「戦が、はじまる」


「うん」


「わしは、誰にも傷ついてほしくない。死なせたくない」


「うん」


「だが、それはわしの我が儘だ。わしに出来ることは、彼らに力を貸すこと。人を操る仙道たちから解放すること」


「うん」


「だから・・・」


立ち止まるわけにはいかない。

それ以上、言葉に出来なかった。今感じるぬくもりを、手放せなそうにない。太公望は唇を噛み締める。

甘えては、いけない。駄目だと。何度戒めても、心も身体も普賢真人という存在を求めている。焦がれるほど、求め続けている。

それでも、もう、引き返せないのだ。


「だから、僕は、二度とここにはこない」


太公望は目を見開いた。身体が震えてしまう。


「君が恐れるなら、僕は二度と君に触れない。傍に来ることはしない」


「普賢!」


焦って振り向こうとしても、普賢はそれを許そうとはしない。


「君が望むのであれば、僕は何だってする。だから」

ふわりと背中越しに抱きしめられる。


「だから、一人で抱え込まないで。苦しまないで。君には、たくさんの仲間がいる。僕だけじゃない」


ーだから、忘れないで





「大丈夫ですか、師叔」


はっと、目が覚めた。

気が付けば、辺りは明るくなっていた。もうすぐ、夜が明ける。焚き火の火は消え、燃え落ちている。
いつの間にか、眠っていたようだ。
すぐ側で楊ぜんが、心配そうにこちらを見ていた。


「すまぬ。少し眠っていたようだ」


あれは、夢、だったのだろうか。今も、自身の身体は彼のぬくもりを鮮明に覚えている。

太公望は立ち上がると、固まった身体を解すため伸びをする。
あの大戦の後、周軍は再び進軍を開始した。


「あまり、無理をなさらないで下さい。貴方がすべてを背負う必要は、ありません。あの大戦は、貴方だけの責任ではない」


真摯に見つめてくる瞳に、不意に彼の言葉を思い出す。
そうだ。己は一人ではないのだ。

ふわりと胸に残るぬくもり。それが太公望を優しく包み込む。
ふと、心が軽くなる。

彼はいまだ、ここに。自分の傍にいてくれている。己の心は、彼の人の温もりも声も、呟いた言葉も。すべて覚えている。

もう、大丈夫だ。そう何度も心で呟く。

太公望は目を閉じ、深く息を吐く。そうして、しゃんと顔を上げ、前を見据える。
顔を出した朝日が、空を照らしだしている。その眩しさに、目を細める。


「さて、行くか」


もう、振り返りは、しない。
太公望は前を向き、歩きはじめた。





END

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