封神小説

□さよならの歌声
1ページ/1ページ


さよならの歌声




地上が新たな道を歩きはじめて、数百年たった。
それでも、争いはなくなるわけではなく、新たな国がたてば、古き国は消えてゆく。
それが、自然の流れであり、人がさきへと進んでいる証なのかもしれない。




普賢は、ゆっくりと、地に足をつける。ふれる大地を、しっかりと踏みしめる。視界に見える村々に、普賢は目を細めた。
こうして、地上に降り立つのは、彼と別れて以来、はじめてのことだ。

研究で手のはなせない雲中子の変わりに、普賢がサンプルを集める。今、彼が研究しているのは、植物の変異についてで、膨大な試料を必要とする。
普賢は、雲中子から渡されたメモを開き、溜息をついた。





木々の合間を、風が、吹き抜ける。


普賢は、目の前の高く伸びる木を見つめる。
どれほど、ここに立っているのだろう。
悠々と枝を伸ばし、葉を茂らす姿は、雄々しくもあり。それでいて、静かにただ、ゆったりと風に身を任せている。
幹に触れ、普賢は、そっと息を吐いた。


「そこに、いるんでしょ?」

振り返りは、しない。

それでも分かる。この気配は、彼だ。


サァ、と風が巻き上がる。
現れたのは、漆黒を纏いし、始まりの人だ。



「普賢」


ああ、やはり、彼だ。

以前と変わらぬ、清らかな空気をもっている。


「わしを、覚えておるか?」

「もちろん」


忘れるはずがない。どうして、忘れられるというのか。

彼は、己が誰よりも、愛した人。
今だって、普賢の心を強く震わす。   
たとえ、姿が変わったとしても、彼の澄んだ魂は、変わりはしない。

そして、普賢の想いも。


「伏羲、でしょ?」


息を飲む気配がした。


「違う!わしは・・」


「"望ちゃん"じゃない。もう、望ちゃんは、どこにもいない」


沈黙が、舞い降り、風が、吹き抜ける。
それは、互いの間にある、もはや埋めることの出来ぬ、決定的な溝であるかのようだ。
普賢は、流れ落ちる葉を、見つめ続けた。


「そう、か」


背中越しに、彼が微かに、笑った気がした。
それは、ただ、静かに、風に溶けた。

「すまぬ」と、そう呟き、彼の気配は消えた。


風が、消えた。



「望ちゃん・・・」 


立っていられなくなって、普賢は地に伏した。


落ちてくる雫に、手を伸ばせば、胸が、軋みを上げた。


「雨でも、降ってるの、かな・・・」


嗚咽が零れて、普賢は顔を覆った。



どうか、もう、縛られないで。
わたしたちは、大丈夫だから。

あなたは、もう、自由なのだから。
どうか、これからは、あなた自身の幸せを掴んで。


どうか。


願うのは、ただ、あなたの幸せなのだから。






END


.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ