封神小説
□さよならの歌声
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さよならの歌声
地上が新たな道を歩きはじめて、数百年たった。
それでも、争いはなくなるわけではなく、新たな国がたてば、古き国は消えてゆく。
それが、自然の流れであり、人がさきへと進んでいる証なのかもしれない。
普賢は、ゆっくりと、地に足をつける。ふれる大地を、しっかりと踏みしめる。視界に見える村々に、普賢は目を細めた。
こうして、地上に降り立つのは、彼と別れて以来、はじめてのことだ。
研究で手のはなせない雲中子の変わりに、普賢がサンプルを集める。今、彼が研究しているのは、植物の変異についてで、膨大な試料を必要とする。
普賢は、雲中子から渡されたメモを開き、溜息をついた。
木々の合間を、風が、吹き抜ける。
普賢は、目の前の高く伸びる木を見つめる。
どれほど、ここに立っているのだろう。
悠々と枝を伸ばし、葉を茂らす姿は、雄々しくもあり。それでいて、静かにただ、ゆったりと風に身を任せている。
幹に触れ、普賢は、そっと息を吐いた。
「そこに、いるんでしょ?」
振り返りは、しない。
それでも分かる。この気配は、彼だ。
サァ、と風が巻き上がる。
現れたのは、漆黒を纏いし、始まりの人だ。
「普賢」
ああ、やはり、彼だ。
以前と変わらぬ、清らかな空気をもっている。
「わしを、覚えておるか?」
「もちろん」
忘れるはずがない。どうして、忘れられるというのか。
彼は、己が誰よりも、愛した人。
今だって、普賢の心を強く震わす。
たとえ、姿が変わったとしても、彼の澄んだ魂は、変わりはしない。
そして、普賢の想いも。
「伏羲、でしょ?」
息を飲む気配がした。
「違う!わしは・・」
「"望ちゃん"じゃない。もう、望ちゃんは、どこにもいない」
沈黙が、舞い降り、風が、吹き抜ける。
それは、互いの間にある、もはや埋めることの出来ぬ、決定的な溝であるかのようだ。
普賢は、流れ落ちる葉を、見つめ続けた。
「そう、か」
背中越しに、彼が微かに、笑った気がした。
それは、ただ、静かに、風に溶けた。
「すまぬ」と、そう呟き、彼の気配は消えた。
風が、消えた。
「望ちゃん・・・」
立っていられなくなって、普賢は地に伏した。
落ちてくる雫に、手を伸ばせば、胸が、軋みを上げた。
「雨でも、降ってるの、かな・・・」
嗚咽が零れて、普賢は顔を覆った。
どうか、もう、縛られないで。
わたしたちは、大丈夫だから。
あなたは、もう、自由なのだから。
どうか、これからは、あなた自身の幸せを掴んで。
どうか。
願うのは、ただ、あなたの幸せなのだから。
END
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