封神小説

□それは、きっと、突然に
1ページ/1ページ


それは、きっと、突然に





崑崙山脈総本山、"玉虚宮"
そこに設けられている大図書館には、様々な書物が収められている。
古くは、数千年以上昔の歴史書であり、はたまた、地上で書かれた雑記帳であったりと、幅広い書物で壁一面、覆われている。
修行中の者たちは、一日でも早く、上り詰めんと日々、この場所へと通いつめる。
正しく、普賢もその一人だ。

並びゆく棚の合間をすり抜け、奥へと進む。
時折、同じく学び続ける同志たちと出会ったが、普賢に気付くと、皆一様に、侮蔑の眼差しを送り、無言のまま、顔を背ける。
普賢自身、己の容姿を理解していたし、彼らが向ける視線の意味もわかっている。
実際、自分もおかしいと思う。
頭上に光の輪を持つなど、あり得ないことだ。
だからこそ、彼らに言い返すこともないし、しようとも思わない。

何時だって、一人だったのだから、気にすることはないと、普賢は思っている。
時折感じる、寂しいと思う気持ちは、気のせいだと、胸の奥に封じ込め、普賢は歩く。
その時、痛んだ胸の傷に、普賢はまだ気付かない。




大図書館の奥。
そこに置かれている物は、どれも厚さ二十センチは、優に越え、好んで手に取る者など誰もいない。
そう思わせるほど、漂う空気は重く、黴臭くもある。
それでも、普賢は、この場所が好きだ。誰もいない、静かな空間。立ち並ぶ書物の合間、天井まで続く窓から、光が差し込む。
差し込む太陽に目を細めて、普賢は床に腰掛ける。
読みかけていた本を引っ張り出し、意識を集中させるため、そっと息を吐いた。





どれほど、経っただろうか。
普賢の側には、読み終わった本が山となり、連なっている。
集中しすぎたのか、首が固まってしまっている。ゆっくりと動かせば、少し痛みがはしる。
外を見やれば、日は傾き、部屋の中まで、朱色に染まっている。


(驚いた、もう、こんな時間なんだ)


普賢はゆっくりと立ち上がると、読み終わった本を手に取る。
数冊ずつ元に戻し、後は、梯子を使わなくては、無理だ。
二、三冊だったら、大丈夫だろう。
脇に抱え、梯子を登りはじめる。
そのときだった。



「おい、無茶するな。危ないぞ」



突然、聞こえてきた声に、普賢は身体を震わせた。
あ、と思ったときには、梯子から、足を滑らせていた。


(駄目だ!!)


強く目を閉じ、落下の衝撃を待つ。
しかし、普賢を待っていたのは、身体の痛みではなく、温かいぬくもりだった。


「いて・・・・」



慌てて顔を上げれば、先ほどの声の主が、顔をしかめ、二人して床に倒れこんでいた。
何が起こったのか、普賢には、分からない。


「おい、お前、大丈夫か?だから、言ったのに」


呆然と声の主を見つめる。真っ黒な、でも、艶やかな黒髪。見据える瞳は、澄んだ深い青。
年は、普賢と変わらないだろう。
しかし、顔立ちは、大人びていて、体つきも、しっかりしている。
彼も、ここで、修行をしている者なのだろうか。
普賢は、目の前の人物から、目が離せないでいた。



「おい、本当に、大丈夫か?」


はっと、我に返り、慌てて頷く。


「悪いんだけどさ、重いから、そろそろどいてくれ」

言われてようやく気付いた。
彼は、自分の身体を受け止めてくれたのだ。
理解した途端、羞恥で、顔が真っ赤に染まる。


「あ、ご、ごめんなさい・・」

素早くどけば、彼はゆっくりと身体を起こす。
あちこち擦っているのを見て、普賢は申し訳なくてならなかった。
ありがとう、と声を掛けようとして、躊躇う。
彼も、他の者たちと同じく、普賢を嫌っているかもしれない。
そう思うと、喉が詰まって、何もでない。
普賢を不審に思ったのか、彼は、首を傾げる。


「おい、どっか痛いとこでもあるのか?医務室でもいくか?」


ふわりと肩に触れたのは、目の前の人の手だった。
伝わる、ぬくもりに、胸の奥が震えて。

気付けば。涙が、零れ落ちていた。


「おい!大丈夫か?痛いのか?どこが、痛むんだ?」


かけられる言葉が、優しくて、手のぬくもりがあたたかくて。

普賢は泣き続けた。












「大丈夫か?」


ようやく泣き止んだ普賢は、微かに頷いた。
泣いている間、彼はずっと、そばにいてくれていた。
今だって、そうだ。


「ごめん。それから、ありがとう」


擦れた声だったが、彼には、ちゃんと届いたようだ。

「ねぇ、君は、僕のこと、気味悪いと思わないの?」


「何で?」


勇気を振り絞って問い掛ければ、逆に問われて、普賢は困惑するしかない。


「だ、って・・・、こんな、髪の色だし、変な輪っかついてるし」


指差したさきにあるのは、普賢がもっとも嫌う光の輪だ。
じっと、視線が、頭上へと注がれる。
ぽろりと、落ちた言葉に、普賢は目を見開いた。


「綺麗、だと、思う」


「え・・・?」


真っ直ぐ前を見つめる瞳が、今度こそ、はっきりと。

「お前は、嫌ってるみたいだけど、俺は、綺麗だと思う。お前の髪も、その光の輪も」


初めてだった。そんな風に言われたのは。

胸に込み上げてくるのは、確かな、喜び。

いつの間にか、普賢は微笑んでいた。


「何だ、笑えるじゃないか。お前、無表情でいるより、笑ってるほうがいいぞ」

さらりと発せられた言葉に、普賢は顔を真っ赤にする。
それを見て、彼は笑い始める。


「お前、百面相してるぞ」


笑う彼につられて、普賢も笑い出していた。
ひとしきり笑ったあと、ふと、彼が問い掛けてきた。

「そう言えば、名前、聞いてなかったな。俺は、呂望。お前は?」


「普賢」


「じゃあ、これから、よろしくな」


差し出された手を握りしめ、もう一度笑った。


初めての友達。


それが、恋へと変わるのは、まだ、もう少し先のお話。






END

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ