封神小説

□北極星2
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北極星〜彼方への祈り〜




仙界から地上に下り、どれほどたっただろうか。

太公望は、満天に広がる星空を見上げる。
後方には、松明の火が見える。
微かに、聞こえてくる喧騒が、懐かしい記憶と重なる。
それは、心地よくもあり、同時に胸の疼きをも、呼び覚ます。

太公望は、ゆっくりと息を吐いた。



仲間達がいる場所から、少し離れたこの丘は、静かすぎて、物悲しくもある。


(いかんな。どうも、弱気になってしまっておる)


自嘲気味に己を笑っても、心が冷えるばかりだ。



殷へと進軍が始まった。
これから、多くの者が死んでいくだろう。それは、避けられない、逃れられないことだ。

それでも、誰も、死んでほしくないと願うのは、愚かなことだろうか。




北の夜空に輝く、北極星を見つめる。
浮かぶのは、遥か彼方、仙界にいる愛しい人。


青空より、澄んだ美しい髪と、穢れのない瞳。 
頭上に輝く輪を持つものは、神の使いだという。

彼の人は、己の様に、穢れた者が触れていいものではない。そう、思っていた。

でも、ひた隠ししていた想いを、彼の人は、あっさりと解き放ってしまった。




『君は、穢れてなんていない』

『僕は、君の事が、大好きだよ。だから、もっと、君に触れたい。もっと、近づきたい』



そういって、重なった唇は、想像以上に甘くて。
愛しくて、愛しくて。涙が零れたのを、覚えている。


「普賢・・・」



いつだって、己を支えてくれていたのは、普賢だった。

彼の笑顔が、言葉が、彼自身の温もりが、太公望を包み、癒してくれた。

今だって、そうだ。

清らかで、真っ直ぐ前を見据える姿が、太公望を奮い立たせる。



「普賢・・・」



己の一族が滅ぼされ、仙界へ入った時、もう二度と故郷と出会える事はないと思っていた。

なのに。

普賢はどこにいたって、太公望を笑顔で迎えてくれる。
それは、共に修行をしたときも、彼が洞府を持ち、弟子をとり始めても、かわることはなかった。


どうしようもない苛立ちと、焦りで、心が疲弊したときだって。

いつだって。


『おかえり、望ちゃん』


その言葉に、どれほど救われたか。癒されたか、分からない。

帰るときは、いつも。



『いってらっしゃい、望ちゃん』



労りの言葉がある訳でも、慰めの言葉がある訳でもない。

ただ、二人で他愛ない話をして、茶を飲んで、ただ、当たり前のように過ごす。



"おかえり"、そして、"いってらっしゃい"





普賢は自分に、当たり前のことを与えてくれた。帰る場所を、帰ってきたと思える場所を、再び、与えてくれた。

故郷と呼ぶに相応しい、あの洞府。


こうして、星空を眺めていると、どうしても、あの場所が恋しくてならなくなる。

だから。


太公望は、顔をしゃんと上げると、北の夜空に静かに輝く北極星を見つめた。


「いってくる」


その言葉を残し、太公望は歩き出した。


遥か遠く、焦がれてやまない、あの場所へ向けて。





END

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