封神小説

□進む未来のさき
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進む未来のさき




歴史の道標とよばれた者の消滅により、人々は新たな道を歩きはじめた。
それが、どこへ続いているのかは、誰も知らない。
幸福な歩みとなるのか、再び争いへと進むのか、誰にも、判らない。


太乙は、目の前でゆったりと過ごす、かつての同僚を見つめる。

神界と呼ばれる新しいシステムが出来上がり、どれほど経っただろうか。

神界には、太乙のかつての同僚も多くいるため、必然的にこちらに来る回数が増える。

それが、嫌ではなく、むしろ楽しみではあるが、この場所を訪れるたび、太乙の心は重くなる。

以前の普賢の洞府と違う、新たな彼の住居。しかし、纏う空気が同じであるためか、まるで、かつてのあの洞府にいるのでは。と、何度となく、錯覚してしまう。



「君は、このままで、いいのかい?」



何度、問い掛けただろう。
出された風味豊かな茶を口に含み、太乙は問い掛ける。
そうしなければ、心がかれてしまいそうになる。



「どうして、会いにいかないんだい?」



太乙が問い掛けても、普賢は笑うだけだ。
それが、痛ましくて、堪らないのだと。
どうすれば、伝えられるのだろうか、太乙には分からない。



「逢いたくない訳では、ないんだろ?」



いつも真っ直ぐ前を見つめる瞳。
彼は、何があっても、その瞳を反らすことがない。

困った様に、笑った後。ふと、溜息が零れ落ちる。


普賢は心にあるもの、一つ一つを確かめるように、声を紡ぎ始める。



「僕、ね。本当に、望ちゃんのことが、好きだった。今、も。きっと、何があっても、僕の気持ちは、変わらない」



纏う凛とした空気と、同じように、その言葉は、強く太乙を打つ。



「だからこそ、僕は、彼の傍にいる資格がないんだ。僕は、壊してしまったから。望ちゃんが大切にしていたものを、奪ってしまったから」



そんなことはない。
太乙が知る二人は、誰よりも心を通わせ、互いが互いを想い、相手を愛しんでいた。



「それは、彼が、太公望ではなくなってしまったことかい?」



ゆるりと首を振った普賢の瞳には、変わらぬ温かみが見えた。



「望ちゃんが何者であったとしても、望ちゃんは望ちゃんだよ」



ああ、これほど、彼を想い続けているというのに。太乙は、悲しくてならなかった。



「じゃあ、何故・・・」



それ以上、言葉を続けることが出来なかった。


普賢が、泣いていたからだ。

涙を流している訳、では、ない。

彼の心が、悲しいと。

泣いているのだ。


太乙は、静かに息を吐くと、椅子から立ち上がった。


「普賢、もう、何も聞かないから、そんなに泣かないでおくれよ」



太乙は、手を伸ばすと、普賢の柔らかい髪をゆっくりと撫でた。



「君は、彼が居なくなってから、どんな風に笑っているか、気付いているかい?」


「え?」



「君は、いつも、悲しそうに笑うんだ。それが、私たちには、辛い。太公望と一緒にいた君は、世界は輝いているのだと、いつも、私たちに教えてくれていた」


普賢は、目を見開いて、太乙を見つめている。


立ち尽くす普賢の頭をもう一度撫で、太乙は歩きはじめた。



「君が決めたなら、私は、私たちは、何も言わないよ。ただ、一つだけ」



悲しませたいわけじゃない。

彼らの決断を責めるつもりなど、ない。

そんな資格など、ありはしない。

ただ。幸せであってほしいと。

ただ、そう願うのだ。




「たまには、人間界の風を、感じておいで」




もう、無理に笑わなくていいから。

心配くらい、させてほしい。













新たな仙界、蓬莱島へと戻って来た太乙は、足を止め、広がる青空を見上げる。
突き抜ける空の向こうには、遠く、気が遠くなるほどの宇宙が、広がっている。
それを教えてくれたのは、始まりの人と呼ばれた人々だ。

彼らが、この地に降り立ったとき、この星はどのように見えたのだろうか。

それを、知るのは。

もはや、唯一人だけだ。



「何を、やってるのかな」



呟きは、風の中に溶け、形をなくす。

浮かんでくるのは、最後にみた太公望の背だ。
もう、太公望、ではない。
彼は、始祖。伏羲と、呼ばれる者だ。

纏う空気は、以前とかわり、深く、重みを増した。
それは、彼が、長い年月を生きてきた、証なのだろう。

それでも。

彼が、以前の彼と異なったとしても。

祈らずには、いられないのだ。


どうか、彼らに、安らぎが訪れるように。

涙を流さぬように。

幸せでありますようにと。

祈らずには、いられない。



「道は、長いな・・・」




太乙は、ゆっくりと歩きはじめた。





END

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