封神小説
□進む未来のさき
1ページ/1ページ
進む未来のさき
歴史の道標とよばれた者の消滅により、人々は新たな道を歩きはじめた。
それが、どこへ続いているのかは、誰も知らない。
幸福な歩みとなるのか、再び争いへと進むのか、誰にも、判らない。
太乙は、目の前でゆったりと過ごす、かつての同僚を見つめる。
神界と呼ばれる新しいシステムが出来上がり、どれほど経っただろうか。
神界には、太乙のかつての同僚も多くいるため、必然的にこちらに来る回数が増える。
それが、嫌ではなく、むしろ楽しみではあるが、この場所を訪れるたび、太乙の心は重くなる。
以前の普賢の洞府と違う、新たな彼の住居。しかし、纏う空気が同じであるためか、まるで、かつてのあの洞府にいるのでは。と、何度となく、錯覚してしまう。
「君は、このままで、いいのかい?」
何度、問い掛けただろう。
出された風味豊かな茶を口に含み、太乙は問い掛ける。
そうしなければ、心がかれてしまいそうになる。
「どうして、会いにいかないんだい?」
太乙が問い掛けても、普賢は笑うだけだ。
それが、痛ましくて、堪らないのだと。
どうすれば、伝えられるのだろうか、太乙には分からない。
「逢いたくない訳では、ないんだろ?」
いつも真っ直ぐ前を見つめる瞳。
彼は、何があっても、その瞳を反らすことがない。
困った様に、笑った後。ふと、溜息が零れ落ちる。
普賢は心にあるもの、一つ一つを確かめるように、声を紡ぎ始める。
「僕、ね。本当に、望ちゃんのことが、好きだった。今、も。きっと、何があっても、僕の気持ちは、変わらない」
纏う凛とした空気と、同じように、その言葉は、強く太乙を打つ。
「だからこそ、僕は、彼の傍にいる資格がないんだ。僕は、壊してしまったから。望ちゃんが大切にしていたものを、奪ってしまったから」
そんなことはない。
太乙が知る二人は、誰よりも心を通わせ、互いが互いを想い、相手を愛しんでいた。
「それは、彼が、太公望ではなくなってしまったことかい?」
ゆるりと首を振った普賢の瞳には、変わらぬ温かみが見えた。
「望ちゃんが何者であったとしても、望ちゃんは望ちゃんだよ」
ああ、これほど、彼を想い続けているというのに。太乙は、悲しくてならなかった。
「じゃあ、何故・・・」
それ以上、言葉を続けることが出来なかった。
普賢が、泣いていたからだ。
涙を流している訳、では、ない。
彼の心が、悲しいと。
泣いているのだ。
太乙は、静かに息を吐くと、椅子から立ち上がった。
「普賢、もう、何も聞かないから、そんなに泣かないでおくれよ」
太乙は、手を伸ばすと、普賢の柔らかい髪をゆっくりと撫でた。
「君は、彼が居なくなってから、どんな風に笑っているか、気付いているかい?」
「え?」
「君は、いつも、悲しそうに笑うんだ。それが、私たちには、辛い。太公望と一緒にいた君は、世界は輝いているのだと、いつも、私たちに教えてくれていた」
普賢は、目を見開いて、太乙を見つめている。
立ち尽くす普賢の頭をもう一度撫で、太乙は歩きはじめた。
「君が決めたなら、私は、私たちは、何も言わないよ。ただ、一つだけ」
悲しませたいわけじゃない。
彼らの決断を責めるつもりなど、ない。
そんな資格など、ありはしない。
ただ。幸せであってほしいと。
ただ、そう願うのだ。
「たまには、人間界の風を、感じておいで」
もう、無理に笑わなくていいから。
心配くらい、させてほしい。
〜
新たな仙界、蓬莱島へと戻って来た太乙は、足を止め、広がる青空を見上げる。
突き抜ける空の向こうには、遠く、気が遠くなるほどの宇宙が、広がっている。
それを教えてくれたのは、始まりの人と呼ばれた人々だ。
彼らが、この地に降り立ったとき、この星はどのように見えたのだろうか。
それを、知るのは。
もはや、唯一人だけだ。
「何を、やってるのかな」
呟きは、風の中に溶け、形をなくす。
浮かんでくるのは、最後にみた太公望の背だ。
もう、太公望、ではない。
彼は、始祖。伏羲と、呼ばれる者だ。
纏う空気は、以前とかわり、深く、重みを増した。
それは、彼が、長い年月を生きてきた、証なのだろう。
それでも。
彼が、以前の彼と異なったとしても。
祈らずには、いられないのだ。
どうか、彼らに、安らぎが訪れるように。
涙を流さぬように。
幸せでありますようにと。
祈らずには、いられない。
「道は、長いな・・・」
太乙は、ゆっくりと歩きはじめた。
END