*novel*


□感覚
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この10年間の思い出が


走馬灯のように駆け巡る


何も知らなかったという私の罪は


この先消える事などないだろう……




私はいろんな人に支えられ、励まされ、何も知らずにこの10年を人間として生きてきた。

でも貴方は……

今私の斜め前を歩き手を引いてくれるこの人は……この10年をどんな思いで過ごしてきたのか。

……計り知れない。

「過去の記憶がない」と不安になり周りに縋っていた自分が恥ずかしくなるくらい。




けれどそんな平和な日々ももう終わり。

私はこの手を引いて導いてくれる、枢センパイ……おにいさまと学園をまさに出ていくところなのだから。


淋しくない……
悲しくない……
そう言ったら嘘になるけれど、私にはおにいさまをこれ以上…記憶を取り戻した以上、孤独にさせるわけにはいかないの。




………零。


貴方をこんな形で裏切ってしまったこと、どんなに謝っても許されないとわかってる。

私と零は敵同士……
未だに受け入れたつもりでもどこか認めない自分もいるの。


『零から逃げ続ける』


……逃げ続ける?
そんな事出来るの?順番が違う。

まず"逃げ出す"のが先。
私はまだ零から逃れられないでいるのだから。

おにいさまにこの身を捧げる覚悟は出来ているのに、どうしても零の姿がちらついて離れない。




ごめんなさい……
こんな私を許して下さい……


おにいさまの背中を見つめながら心の中で聞こえる筈もない懺悔の言葉を繰り返す。

自分でも気付かないうちに繋いだ手に力を込めてしまっていたらしく、枢おにいさまは立ち止まりゆっくり振り返った。


「……どうしたの?」

「ぁ……何でもないです」


ぎこちない笑顔を見せてもおにいさまを欺けるなんて思っていない。
どこか淋しそうな瞳を私に向けて、おにいさまは繋いだ手を自分の頬まで上げて私の手に口付けた。


「……錐生くんのこと考えてた?」

「…それ…は……」


刺さるような視線に耐えきれなくなり私は目を逸らす。
自分に影が降りてきたのに気付くと、おにいさまの顔が目の前にあった。


「………ゃっ」


キスされる。

そう思ったのとおにいさまを拒絶してしまったのは同時だった。
はっとしておにいさまを見るが、その人は淋しさを押し隠した表情でただ私を見つめている。


「ごめん…なさい……」


それしか言えず下を向く。
私は……何をしているのだろう。


「さぁ……行こうか」


おにいさまは何事もなかったかのように再び前を向いて歩きだす。
…さっきより、握る手に力がこもっている気がするのは気のせいだろうか。




ごめんなさい

零の温かく冷たい唇の感触がまだ残っているの

多分私は……

いつ消えてしまうかわからない零の感覚を覚えておきたいんだ…




静かに瞳から何色に染まっているのか自分でもわからない涙が流れ、私はそっと左手の指で唇に触れた。




右手にはおにいさまを


左手には零を


そうやって伝わってくる感覚に、私はただ音もなく涙を流した。




【END】




***

コミックI巻発売記念。
あまりに切なかった……!!
でもこれは私の捏造妄想です。笑




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