体験過程的恋愛模様

□見た先は。
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なぜか唐突に目が覚めた。いつもは彼のほうが早いのに。今日は珍しく彼が穏やかな寝息を立てて俺の横で寝ているのを見ることが出来る。というか、初めてだ。普段はオレが目を覚ましたときには彼はもう、部屋から出て行った後だから。俺の横に温もりさえ残さずに。

 俺は役得だと思い、彼の寝顔を覗き込む。ふにゃん、と笑っているように見せかけて、目だけはいつも鋭い。その目が閉じられていて、ここにはもう甘さしか感じられない。

「―…っ…」

 俺は思わず胸に手をやる。そこはドクドクと早鐘を打っている。
情けない…彼の寝顔を見ただけでこんなになるなんて。

 俺はそれを振り切るためにシャワールームへと足を進めた。ここに長居は無用だ。二人で朝を迎えるなんて馬鹿げたことは考えない。これはただの遊び。遊びなんだから――。









 重厚な扉を押し開けると誰も居ないようだったのにすっと黒服を着た店員が案内をしに出てきてくれる。

「いらっしゃいませ」
「あ、客じゃないんです。松榎(しょうか)さんに会いに来たんです。いとこの西園 翠って言ってもらったら分かると思います。」
「承知しました。こちらのお席でお待ちください。」

 黒服は店長のいとこが現れても動揺することなく、よどみない動作で立ち去る。示されたのはカウンター。目の前には30歳くらいだろうか、落ち着いた雰囲気のバーテンダーが静かにお酒を作っている。まだお酒を飲むには早いこの時間、カウンターには誰も座っておらず、テーブルでひそやかな会話を楽しむカップルが2組いるだけだ。普段の生活ではなかなか出会わない雰囲気に俺はどうしようも落ち着かなくて、子供っぽいとは分かっていてもゆっくりと店内に視線をめぐらさずにはいられなかった。

 落とされた照明、シャンデリアから落とされる光がここにある全てのものをぼうっとだぶらせて見せる。各所に置いてあるキャンドルの光がゆらゆらと揺れて、この場の空気をどこまでもとろりとしたものにしている。どの席からも見える位置、少し高くなった小さなステージにピアノとマイクが置いてある。少々無理をすればジャズのメンバーが演奏できそうな大きさだ。
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