リアルおままごと

□Conte【4】−愛執−
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この世は、本当に面白味がない。
毎日同じような生活を送っては腹が満ちるまで人を屠る…まぁ、満たされた事なんてないけど。
同種の喰場を試しに荒らしてみても弱い喰種ばかりで思ったより楽しくないし、リーダーか何だか知らないけどグチグチ説教垂れ込んでくるしウンザリよ。




「や、止めてくれ…頼むっ私には妻も子供もいるんだ…ッ」

「あら…妻子持ちなのに私に声かけたの?悪い人ね。ふふっ」




喰種も人間も恐怖を前にすると同じように顔がグシャリと歪む。
その怯えた表情がすっごく好きで、その瞬間だけは楽しくて楽しくて仕方がないの。
でも…、みんな弱くて脆いから…すぐに壊れちゃう。




「たす、げてェ゙ッ…、」




ほんっっと、退屈だわ。




 ・ ・
「こ〜んばんわ」

「…」




振り返れば街灯の光を背に返り血で濡れた私を見下ろす黒髪の女が一人。
彼女は右手で狐を作って『こん』と鳴き真似を見せると、私に歩み寄りそっと屈むとセピア色の瞳で下から覗き込みニコリと微笑んで見せた。
すると人間のような…けれど少し違う不思議な甘い香りが漂ってきて、私の喉は自然とゴクリと音を鳴る。




喰べたい





「お姉さん…とてもイイ匂いがするのね」

「あら、ありがとう。貴方も凄く可愛くて今すぐ喰べちゃいたいわ」

「そう?ふふっなら味見してみる?」




ドズッ




「出来るならね」




腹を赫子で一突きにして、見開くセピアの瞳を前に私は口唇に付いた血を舐め取る。
さっき喰べた肉より上等…いやそれ以上ね。甘い血が喉を通る感覚に思わず感じてしまった。
壊れた彼女をどうのように喰べようかと思考を巡らしていると、切なげな吐息が私の頬を撫でる。

セピアが、黒に染め上げられた。




「可愛い上に強いのねぇ…最高よ貴方」

「!?」




う、そ…壊れてない?




「私の名前はユキジ、貴方のお名前は?」

「……神代、リゼ」

「ん、リゼちゃんね」




彼女、ユキジは更に腹部に刺さる赫子を然程気にせずに私と距離を縮める。
私は…彼女の赫眼から、どうしてか瞳を反らせなかった。




「やっぱり…リゼちゃん退屈してるでしょ?」

「!」

「もし暇ならね、私に付き合ってくれない?




おままごと」




「………ハ?」




何を言い出すのよこの女。
おままごと?私が?この女と?冗談にしては全然面白くない。
腹からダラダラと血を流しながら手を合わせてお願いする彼女に驚きが尽きなかった。





「何で私が…人間の真似事なら余所でやってよ」

「付き合ってくれるなら食事の保障は勿論!フカフカのベッドプラスお風呂も付けちゃう!お得でしょ?」

「話しが上手すぎて怪しいわ…」

「取って喰べたりしないわ!もし信じられないなら週に2、3回だけでも付き合って!」

「えー……」




正直言って面倒くさい…でも食事に困らない事はかなりの収穫だし何より…お風呂入りたい。
まだ信用できないけど、もしもの時は喰べちゃえばいいんだし…。




「い、一日だけよ」

「!嬉しいわリゼちゃんっ今日からよろしくね」

「ちょっと!一日だけよ…ってそのまま行ったら通行人にバレるでしょ」




自分のイイように解釈してしまってるユキジに抗議しても、彼女は私の手を引いて帰路に着こうとしてる。
赫子は戻したし、いつの間にか完治してるけど服に染みついているベタベタの血はそのまま。
裏路地から出ようとする彼女を私は慌てて引き留めた。
暢気に「あ、そっか」と自分の服を見下ろす彼女はかなり抜けてる…なんか疑ってる私が阿保らしくなってくるくらいに。




「じゃあ隠さなきゃ」

「ッ!?ちょ、ちょっとユキジ降ろしなさいよ!」

「隠すにはこれしかないの。リゼちゃんが原因なんだから黙って抱っこされてなさい!」

「…、あ゙あ…もう…」




満面の笑みを向けられて色々言いたい文句を全部忘れてしまった。
一日だけの我慢よ、と自分に何度も言い聞かせてその日はユキジの腕の中で周りの視線からじっと耐えた。
そう、一日だけ…一日だけ…………。









「リゼちゃん、おかえりなさぁい」

「ただいま。途中でお肉拾ってきたわよ」

「ありがとうっ助かるわ」




一日だけと言ったのにいつの間にかユキジの家に住み着いてから一ヶ月は経ってしまってる。
こんなおままごとすぐに飽きると思ったんだけど、今じゃ近所で仲のいい親子で通っちゃってたりして思いっ切り馴染んじゃってるし…。

でも意外とこの生活は嫌いじゃなかった。
ユキジは凄く料理上手だし、家も想像してたものより断然住みやすいし広いし、私の食事も理解してくれて何よりあれからお父様からの説教が無くなった。
彼女の傍に居ると予想外なことが度々起るし、私にとって初めてなモノばかりでとても新鮮だった。




「あ、お帰りリゼ〜」

「イトリ、食べかす床に零さないで」

「はいよ〜」




床に寝そべってファッション雑誌を読みながらスナック菓子のように骨を齧るのは数日前ユキジが新しく連れて来た私より幾つか歳上のイトリという女の子。
この子は好奇心旺盛で何でも知りたがるの。私を“リゼ”と知っても寧ろ近づいてきてユキジが止めてくれるまで質問が続いたくらい。
食べかすはよく落とすし行儀も悪いけど空気が読める人で困らない、ユキジの人を見る目は確かかも…って思ったりもしたけど…。




「アモーレっユキジさん!」

「あ、いらっしゃい習くん」




こいつは無いわ。




「うげっまた来たし!来るなよ月山ァ」

「相変わらず冷たい歓迎だねレディ、そんなに眉間を寄せていると皺になってしまうよ」

「まじウザス」




騒々しく開け放たれた扉から現れた新入りのキザ野郎【月山習】は真っ先にユキジに駆け寄ると、抱き留めてくれる彼女の胸へ顔を埋める。
心底彼の登場に顔を歪ませるイトリの隣で同じく私も深く溜息を吐いた。
月山習は別に親がいないわけでも、生活に苦しいワケでも無く寧ろ裕福で家柄も良く俗に言う良い処の坊ちゃんってところかしら。
なのにユキジったら夜中に出てったと思ったら帰って来ていきなり…。




『攫ってきちゃった』

『ボンソワール、レディたち』




いや、攫ってきちゃったじゃないわよ。明らかに言動からして面倒臭そうな奴じゃない、それになんかキザでキモイし…。
攫った理由を聞けば『面白い子だったから』と凄くユキジらしい答えが返って来て思わず頭を抱えたイトリを私が慰めたのはつい最近の事。
すると聞いてもないのに月山くんがやれディスティニーや赤い糸と舞台男優のようにペラペラと彼女との出会いを語り出したときは本当に殺意を憶えた。

でも彼がキモくて鬱陶しい奴でも富豪の子息には変わりなくて、捜索願いなんて出されたらこっちが危険だから月山くんは通いの形に収まってる。
っても毎日通っては夜まで図々しく居ずわるし、週五ペースで家に泊まってるからもう殆ど居候に近いんだけど…。
澄ました顔をした月山くんと雑誌を閉じたイトリの言い合いに挟まれながらもユキジはフワフワの空気を醸し出して暢気に笑っている。




「マジでありえない、ユキジさんから離れろっつーの!」

「それは不可能だよイトリさん!僕とユキジさんの身体は血のような真っ赤な糸で複雑に絡み合っているのだから」

「あらあらっ習くんは甘えん坊さんなのね」




抱き着いて来る月山くんにユキジの機嫌は最高潮で、無駄に手入れの行き届いている髪を梳いて頭を抱き込む。
その様子に私とイトリの顔は多分死んでいると思う。天然なのか、鈍感なのか月山くんを甘やかせば甘やかす程彼が調子に乗ることにユキジは気が付いていない。
やっぱり私がここにいる事は正解のようね、私がここにいないと彼女はいつかきっとこいつに食べられてしまう。

…そうやって何でもかんでも理由付けてるから、結局ここから離れられないのよね…。

ユキジの傍は居心地が良くて…何より、退屈じゃない。




「あぁあ…ユキジさぁん…」

「「……」」




取り敢えず…どさくさに紛れてユキジの谷間に顔を埋めて、スーハ―スーハ―と荒い呼吸で彼女の匂いを嗅ぐ月山くんは血祭り決定ね。






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