【2009】

□命日
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高杉の咳は出始めると長く続く
最近ではかなりの量の血が混じるようになってきてしまったらしい
顔色も一層悪くなり、食も細くなってきている
反比例して増えたのは酒の量
病気を知った当初こそ口を出したが、今ではあまり言うことは無くなった
いっそのこと暴れてくれたりするのなら万斉たちも強く出れるのだが…
それでも高杉が解消出来ないいらだちを抱えているのを知っている
高杉自身気付いている。もう残された時間があまり無いことに
だから、己のかんしゃくなどでその残された時間を潰してしまいたくない
少しでも長く、穏やかな時間を過ごしたい
以前の高杉を知る者ならば目を丸くするような事を思い抱いているのだ



◆◇◆◇◆


それは穏やかな日が続いていたと思われていたある日の夜の出来事

スッと襖が開けられた


「晋助…」

深夜の高杉の部屋
主はすでに寝ていて、聞こえてくるのは少し苦しげな寝息

「晋助…」

声の主は万斉。何かを押し殺したような、抑揚の無い無機質な声を絞り出している

「晋助…」

ただ、名前を呼び続けている
苦しげな寝息は治まらない

「…晋助」

万斉は布団の傍らに膝をつき、体を乗り出す
そして

「………何故?」
「………」

苦しげな寝息は止んだ。だが、苦しげな声が聞こえた

「殺れよ。疲れたんだろう?」
「……っ何故!!」

苦しげな声を発したのは高杉でなく万斉
高杉の声は寧ろ穏やかなものだった

「俺にはもう抵抗する力も残っちゃいねぇ。あと少し力を入れるだけだ。簡単だろう?」

高杉の穏やか過ぎる声が胸に痛い
高杉の首に掛った万斉の両の手がブルブルと震えている
高杉は既に己の病気を受け入れていた
しかし、万斉は受け入れる事が出来ず、とうとう今夜、行動に移してしまったのだ…

「……っつ…すまぬっ!!すまぬ晋助ぇ!!」

ボダボダと涙を流し、万斉が高杉を抱きしめる
体力の大体を失った高杉にそれは少し辛かったけれど、今の万斉の状態を思えば苦しいとは言い出せなかった

「とんだバカヤロウだな,おめェ」

そのまま二人、なんとなく離れがたくなってしまって万斉はそのまま高杉の部屋で夜を明かし、朝、部屋を訪れたまた子に高杉に負担をかけるなと蹴り出された


◇◆◇◆◇


何日か過ぎたある日

「万斉、外に行きてぇ」
「わかった」

六月の下旬
数日臥せっていた高杉が、今日は体調が良いから、と万斉に言った
体を冷やさない様に準備をし、昼から夕方にかけて万斉は高杉の望み通りに外へと出かけた
その二人の後ろには車椅子を押したまた子が、武市と似蔵も当然の様に一緒に出かけた
その日は天気に恵まれ、前日のような雨の寒さも感じられなかった

「ありがとうな」

屋敷に戻って高杉がぽつりと溢した一言を誰もが気付かぬ振りをした


◆◇◆◇◆


「ゲホッゴホッ…っ、くそ」

咳が止まらない肺が焼ける
喉がひりつく
血で染まった手ぬぐいを見て高杉はらしくなく笑う

「ざまぁ…ねぇな……」





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