神曲短編集

□存在価値は、貴方
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はっ、とぼやけた視界がクリアになる。目の前では煙のように消滅していく魂が。
私が斬ったのだった。
仕事の最中に呆けるとは、なんと未熟な。私は自分を叱咤し刀を鞘に納める。

「スレイ!無事か?」

背から声を掛けられる。
顔を見ずともわかった。
私の愛しい人。

「ああ」

私は返事をして振り返る。彼は心配そうに眉を下げていたけど、私の顔を見て、表情を緩めた。

「良かった」

彼は私に薄く微笑んでくれる。心配してくれていたのか。そう思うと、胸の奥底がじんわりと熱くなった。
彼はこの魂を消滅させる仕事には必ずついてきてくれる。いや、この仕事だけじゃなく、彼はいつでも私の傍にいてくれた。
その身を悪魔に捧げてまで。

「リューヤ、有難う」

私は薄く笑んで彼に言葉を返す。感謝してもしきれない。
私は彼がいなければ、きっと今ここにはいない。そこまで思える。

「スレイ…?」

彼が不思議そうな顔をして首を傾げた。嗚呼、そんな顔をしないでくれ。
私は、上手く笑えなかったのだろうか?お前に悲しげに微笑んでしまったのだろうか?お前に余計な心配をかけてしまったな。
すまない。
大丈夫だから。

「私の傍にいてくれないか」

彼の体を引き寄せて、腕の中に閉じ込める。
すまない。私の我が儘だ。
怖いんだ、リューヤ。

「……?…当たり前だろ?」

彼はゆっくりと私の背に手を回し、抱き締め返してくれた。
温もりに、安堵する。
お前は、冷たい屍じゃ、ない。
もし、お前がそうなったら私は――






両の目玉をえぐられても、構わない。






お前のいない世界など、見たくない。


私は弱い。独りでは生きていけない。すまない、リューヤ。他人にしか生の意味を感じられない私で。
でも、お前が「生きろ」と言うのなら、私は生きよう。お前はそれを許してくれた。

「リューヤ……愛している」



嗚呼、どうか――


私の傍にいてくれ。
私の生きる意味を、存在価値を、感じさせてくれ――







そう、懇願、する。


***
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