短編集「窓からの風景」

□いつまでも…
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俺がいつ産まれていつからここに居るのか分からない。けど今確かに言えることは優しい人に助けられてまだダンボール生活だけど屋根は作ってくれたし毎日が少し変わったこと。

ついでに言うと公園からその人の家の前に置いてくれるようになった。

その優しい人っていうのは仲の良い老夫婦だった。

丁度「ていねんたいしょく」になってこれからの第二の人生に花を咲かせるそうだ。

俺はいつも幸せだった。いつの間にか家族当然になっていた。俺がここに来たのは必然的だと爺さんはいつも口にしていた。「ていねんたいしょく」をしてから楽しみが一つ増えたとか、毎日の日課だとか、兎に角婆さんにも近所さんにも俺にも独り言でも絶えずに俺のことを誉めてくれたし可愛がってもらった。

勿論俺は初めての温もりに幸せを抱いた。これが今自分がここに居る理由だと、恩を返すのも生きる動機だと、この老夫婦を死ぬまで守ることだと…

それから5年が経ったある日向かいに新しい家が建った。あの頃は幼心からの好奇心でよく侵入していた。今思えばバカな行動だった。けれど幸いそこに住む夫婦は俺を可愛がってくれた。爺さんや婆さんと同じ温もりに思わず会って間もないのに腹を見せてしまった。
まあそれは置いておこう。兎に角俺は毎日が幸せだった。爺さんと婆さんとの散歩が楽しみだった。次にご飯を食べること次に遊ぶこと…芸を教えてもらい上手に出来た時の二人の笑顔が一番の至福の時だった。

向かいの夫婦も俺によくかまってくれて爺さんと婆さんが出かける時は散歩にも連れて行ってくれた。

そうそう、今更ながら俺の名前は…

「お前の名前はクロだ!」

と爺さんに命名された。今思えばクロなんて結構ありきたりだったけど逆にそれが理由でクロやポチっていう名前が周りにいなかったから分かり易い。で、それから暫くして…

「お父さん、お向かいの奥さんが妊娠したらしいですよ」

「おおー!それはお目出度い!」

「けど…奥さんの身長があれだから危険らしいって旦那さんが言うんですよ」

「そうか…無事に元気な子を産めればいいんだけどな…」

お向かいさんの奥さんが妊娠…ってことは子供が出来るのか!俺は尻尾を振って嬉しさの余りについ吠えてしまい、それをみた爺さんと婆さんも笑いながら俺を撫でてくれた。

それから何ヶ月か経ってついにお向かいさんが家に来てくれた。俺は尻尾を振り新しい小さな命を見せてもらった。

「ほらクロちゃんこの子が私達の子供だよ〜」


可愛い…最初に感じた感情がそれだった。人の赤ん坊を見るのは初めてだったけど犬だろが人だろうが猫だろうが赤ん坊は可愛いと思う。

それから数日後…お向かいさんの奥さんが俺の散歩をしてくれる事になった。いつもの散歩コース…その内のいつも爺さんと婆さんが休む公園のベンチに奥さんは座り青々としたこれから元気に育つ若葉を見ていた。

「ねえクロちゃん」

俺は奥さんの方を向いた。

「私、あの子が小学校に行って中学校、高校…そして将来結婚してからもいつまでもあの子を見守りたいの」

見守ればいいじゃないか。

「でもダメなの…この前言われちゃったの、あなたの命はもう長くないって…」

当時は意味が分からなかった。なら頑張れば良い。なら生き続ければ良い。それしか言えなかった。

「ふふ…あなたは元気ね、そうだ!ねえクロちゃん私のお願い訊いてくれる?」

勿論だ。

「あの子が大きくなるまであの子を見守ってくれる?」

なんだ、簡単じゃないか!俺は尻尾を振りながら一吠え、奥さんはにっこりと安心した笑みを浮かべると立ち上がって帰路へついた。それから数日後、もう二度とあの優しい温もりに触れることができなくなった。

悲しいのに涙が出ない。旦那さんや爺さん婆さんは流してるのに俺には出ない。
涙が出ないなら俺だけでも悲しまないようにしよう。そうだ俺は悲しんでられない!夫婦が残した子が大きくなるまで見守らないと!

それから3年が経った。

「クロちゃんお手!」

ポン

「すごぉ〜い!ねえおとーさん!クロちゃんがね、お手をね、したの!」

「そうか〜そりゃ凄いな!」

喜ぶ愛娘に笑顔で応える父親…俺もああだったな…やっと大きくなったな

一年毎に大きくなる、いつの間にか俺を越して俺は見上げるようになっていた。

「ねえお爺さん」

「ん?」

「クロって何歳なの?」

「もう15歳なんだよ」

「長生きしてるね」

この子ももう9歳か…大分大きくなったもんだ。母さんそっくりじゃないか…

なあ、まだ君を見守りたいんだ俺はいつまでも君の母親に代わって…

体が重い…もう死期だったのか…自分の死期も忘れてたのか…

「クロ?」

ごめんな、ごめんなかなたさん…俺はこの子が大人になるまでそばに居てやれなかった…こなたのそばに…

「ワン!」

それが俺の生涯最後の返事だった。

なあ、かなたさん…これからはあなたと共にこの子を見守り続けようか。
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