Mystery Circle応募作品

□Vol. 57 『君と話がしたいからさ』
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君と話がしたいだけさ 》

 著者:しどー





雇われ店長はこう言った。
「せめてもう少し役に立てるかな、と思いまして…。」
その言葉に嘘はなかった。

イワンはそれを聞きノートPCを開いた。
女の子の画像処理ミスがもはや笑うものだった。それを確認して張り付いた笑顔のままで優しく語る。

「沢木さん。なんでもいいです。紙に女の子の絵を描いてください。」

イワン=モフロフは在日ロシア人だ。
そして、ロシアの貧しい孤児院で“買われ”ロシアンマフィアの幹部の娘とはよくさせてもらっている。
よく言えば許嫁。
普通に言えば専属の護衛。
悪く言えば肉盾。

「イワンさん、出来ました。」
「はーい…。」

紙に書かれた絵を見て納得した。
「沢木さん。これから出勤したら
ここの女の子の一人の絵を描いてください。」
「あっ、はい。」
「サボったら描けていない女の子数分給料が削れますからね。」
背景が歪み、体が平方四辺形になっている女の子を再画像処理した後にイワンはタクシーを呼び、『学校』に戻る。
イワンはまだ高校生、他と違うと言うのは風俗店のオーナーをしているだけである。


昼休みが終わろうとしている時にイワンはタクシーから領収書をもらい降りる。購買で軽いパンとパックコーヒー牛乳を買い、教室に戻る。
「モフ、お疲れ様。」
「フラン君、ありがとう。」
戻るとすぐにイワンに声をかける少女がいる。
彼女こそ、イワンの守るべき相手であるフランシス=フランシカだ。

薄い白い肌に薄く開いたサファイヤの瞳が彼女の虜を増やす。
しかし、その眼に通じることができるのは、彼。イワンだけ。

「フラン君。食べる?」
「もう終えましたので、結構です。私にではなく…モフが食べなさい。」
「もうすぐに40kgだから結構太ったよ」
そう返す、イワンにフランは顔を曇らせた。

その日は生徒会会議がありイワンは会計役として出席した。フランシカも付きそいで。

生徒会の活動も終わり片付けているとイワンに話しかける声がある。
「ほんと、イワンがこうして会計してくれると助かるよ。」
「守銭奴ですから、私。」
あはははは、と話しかけた生徒会長が笑う。
「いやあ、守銭奴って自分でいうやつがいるとはね。
悪い、悪い。
そうだ!この後、時間あったらどこかに食べに行かない?」
その誘いに、イワンはあたり障りないように返す。

帰り道
フランシカになぜ断られたかを聞かれ
イワンは簡単に「フォアグラのアヒルにでもされる気がした。」
それをフランシカが笑う。
「モフは、そのくらい食べたほうがいいですよ。」
細い腕を掴まれ、そのまま腹に手を移動させられたところでイワンがその腕を振りどいた。
「ご飯はおいしく食べるのが大事さ。」
「だから、あのサワークリームとマヨネーズだらけの料理を食べないのですね?」
「二つしか味付けのない酸味なんぞ、タカが知れているからねぇ…。」


次の日
フランシカは少しだけイワンから離れた。
会うべき相手には連絡は済んでいる。
「こうして、あなただけ単品とはなかなか珍しいわね。」
「学校ではそうでしょうね。」
生徒会長こと八神沙良である
「あなたこそ、副会長の寿君と一緒でないのが珍しいと思いますけど…。」
「寿は寿で誰からも使い勝手のいい駒だから仕方ないのよ。」
互いに言葉を刺し合うが、そろそろキリがいいとフランシカが切り出した。

「モフ…。いえ、イワンについて聞きたいの。」
「ちょうど私も聞きたかった。」

「「どうすれば、もっと太らせられるか?」」

同じ言葉。
二人が笑う。

「奇遇ね。」
「そうですね。」

太らせよう。
ここまでの話は簡単だ。
でも、そのためのネックはやはりいかにしてイワンに食べさせるか。案を出し合うものの、上手くいくような気がしないものばかり。

「案外子供じみたものだったりして。」
そう沙良が笑うとフランシカは少しだけ考えたのちに。
「イワンはああ見えて考えは結構子供じみていますよ。
でも、いい話を聞かせてもらいました。」
そう言い、フランシカはいくつかのお菓子を置いて去った。
帰り際に沙良がつぶやく。
「イワンが子供なら、あなたは母親にでもなりたいのかしらね。」


教室に戻るとイワンが帰り支度をしていた。
「モフ、もう帰っていたと思っていましたよ。」
「少しだけやらないといけないことがあってね。フラン君、君も似たようなものではないかな?」
「そうね。」そう返し、鞄に最低限をしまう。

「フラン君、もしも私を太らせたいと思うなら…。」
「ええ、諦めないわ。完全に隷属した駒なんて掃いて捨てるほどあるもの。」
「君は相変わらず手厳しい。」
イワンの張り付いている笑顔に諦めの色が混じり、口元がニィと吊り上がる。
「少し、店に行く。昨日の今日でどうなのかを確認したい。」
「では、私も付き合います。」
構わないよ、そう言いながらイワンはロッカーから洗い終えている薄手のスーツを上下出してフランシカに渡し移動中に着替えてもらった。
自分自身は構わない、ただやはり彼女を品に見られたくはない、そんなイワンのワガママ。
それを知っているのか、フランシカは当たり前にもらい着替えた。

店につくと今は客がいないのか、店長が迎えてくれた。
「今日はイワンさんとフランシカさんまで、これはこれは…。」
「沢木さん、宿題は大丈夫?」
もちろんですよ、と言うと鞄をあさり始めた。
「宿題?」
「ちょっとね、画像処理の練習だよ。」
そう、と言いフランシカは待合のイスに座り店長チョイスの古い漫画を読み始めた。

「イワンさん、見てください。今まで一番上手に書きましたよ。ちなみに
昨日出ていた、つばさちゃんです。」

出されたのは、とても独創的であり「下手」と言い切るのには少し難しい。だが、あくまでもイワンが描けと言ったのは…女性をもっと見ろ。そういう意味であり、そういうことでは完全に的を外れている。

「…。」
「これからもっと描いたら上手になれそうですよ!」

イワンの笑いの仮面がピクピクと剥がれそうになるのをフランシカが見つけ話しかける。

「モフ、あなたが企んでいたことはなんとなくわかります。
ですが、それはあなたが彼の本質を見抜けなかったことが原因です。
ここは彼に謝るべきです。」

「なんで私が謝るんだ?」

「提案したのはモフ、あなたです。
低い想定を超えたのであれば、低い想定をしたものが悪いです。
ですが、私はこの絵。好きですよ。」
一枚を拾い、店長に返す。

「私が見誤っていたよ。あなたがこのような絵を描けるとは思いもしなかった。
悪かった、写実に描いてもらう意味で言ったのだが…申し訳ない、なにかで埋め合わせしたい。」
そういうと店長は慌てる。
「そういうことだったのでしたか、いやーそれはそれはイワンさんにはいいお給与を頂いてますし、女の子たちも満足しています。

…。そうだ!
イワンさん、こっそりでいいで一つ聞きたいのです、それで埋め合わせにしてもらいたいのです。」

イワンは何だ、と返すと耳もとで聞く。
「どうして、イワンさんはそんな痩せているんですか?
店の女の子たちも気になってます。」
あー…、そういうことか。そうつぶやくと諦めたような顔で耳打ちする。
「私は孤児院の出だ。言っちゃ悪いけどあまり環境は良くない。
力があればもう少し多く食べられるだろうけど、それを叶えるためのそれを考える人数の方が多い。
私は力も付きにくい方だし、ずっとこの体型さ。
そして、そんなみすぼらしい私をフランシカが拾ってくれた、『あの子、痩せてていい』ってね。
きっと彼女は忘れているが私にとっては、大事なことさ。
当たり前だけど、彼女には内緒ね。」
そういうイワンに店長は納得した。

「さて、フラン君。帰ろうか。」
「ええ、分かりました。」

「それでは、ね。」

そういい二人は店を去った。
「モフ、さっき軽く聞こえましたけど…。」
「もし聞こえたなら、フラン君は耳もよいね」
そんな返しに「上手く言ったものですね。」そう答えた。
「嘘と分かっていたみたいか、残念。」
「では、別の嘘を聞かせてもらいましょうか?」

イワンはフフフと小さく笑い声を漏らして返す。

「食べていたら、その間。君と話せないじゃないか。」

それ以上、聞いてもはぐらかされそう野暮と思いフランシカは聞くのをやめた。

「さて、フラン君。」
「なんでしょうか、モフ。」
「きっと今日もご飯はこってり酸っぱい料理だ。
私がご馳走するよ、どこかに食べに行こう。」
「そうですね、では…。」

そんな会話をしながら二人は歓楽街を歩く年齢でいえば不相応だが、態度容姿はすでに見合っている。

彼らが歓楽街の光に消えるのはそこまで時間はかからなかった。
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