Mystery Circle応募作品

□vol. 56 『Hello to Kurt Cobain』
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バカヤロウ。想像力がないってこういうことか。一生駅前で歌ってろ。

 著者:しどー

あの人に会いに行かなくては。電話をかけたあの人に。


「バカじゃない。これが想像力のないってこういうことね。一生駅前で歌っていたら。」

もう何度目か、いやそれより何年目だろうか。
何度もオーディションを受けているけど
こんな風に落とされるのも、ある程度慣れてきた。

そろそろ潮時なのかなぁ。
なんて思いながらアパートに帰ると、ルームシェアしていた相方がパソコンの前で姿勢悪くあぐらをかいてワープロソフトを睨んでいた。
「おかえり。」「ただいま。」
部屋の中は煙草で燻製が出来るように思えるほど、臭いが強く。窓を開けると、気圧に負けたのように相方は、ぐあーっと言いながら後ろに倒れた。
「また苦戦してるわけね。」
「そ、また。というかこのパターンばかり在宅勤務サイテーだわ。」

相方は作家をしている。
作家というかゴーストライター。
元々は、外国語の翻訳本がメインだったけど。
書き方に好評を得て、今ではそれともう1つ仕事を任されている。
自叙伝のゴーストライター。
自費出版で自叙伝を書きたいけど、上手く文章をまとめられない。
そういう人のために相方の会社がゴーストライターを紹介し。
会社が仲介手数料を取り、あとはブン投げ手取りはある程度いいが、正直に割に合わないそうだ。

「んあーっ!
もう今日は飲む!
どうせ、あのたれ目ハゲは教科書程度しか行数読めないだろうしさ!」

相方は今朝小奇麗な格好で向かった。
きっと、飲みながら愚痴のパターンだな。

「ある程度、わかっていたけど。
団塊の世代はさっさと絶滅しないかな
俺が若い。これですぐに上から目線。」
冷蔵庫から発泡酒を取り出し、そのままパソコンの前へ。

「ぶっちゃけ、本人には大きな出来事だろうが何も面白みもない、やる気になれば原稿用紙1枚で終わらせることができるぜ。」
「今回の指定ページは?」「200前後。」
うわぁ、とつぶやくと。
だろ、と返された。
「ネタが少ないから、子供の頃とか聞いても『個人情報保護というものを知らんのか』だとよ。
たれ目ハゲにどんな需要があるんだ。こっちが聞きたいよ。」

この後はしばらく愚痴られた。
こういうネガティブは聞いていて楽しくはないけど、こういうのも歌詞に使えたりするから、ないがしろに扱えない。

「で、そっちはどうだった?」
この時には私も飲み始めていた。
テレビでは少し昔の何代目かわからない水戸黄門が笑っていた。

「『バカじゃない。これが想像力のないってこういうことね。一生駅前で歌っていたら。』
だって、ホント想像力とかイマジネーションとか連発。
5パターンくらいしかないのかも、あのオバサン。実はロボットだったりしてRPGのNPCみたいな。」
相方は、ガハハハと笑っていた。
気持ちよく笑ってくれる、だから相方と今まで続いている。

飲み終えたら二人で片付け、また自分らの部屋にこもった。
私はギターをチューイングし直しながら
2つの動画サイトの再生数、マイリストやチャンネル登録を確認したけど少しだけ再生数が増えただけで大きく変わらなかった。

「もっと奇抜にやるべきかな。
それと脱ぐか。このだらしない腹さらして。」

自分のスタイルに悪態つきながらギターにシールを1枚増やしていく。
オーディションを落ちるたびに増やしていったがそろそろ裏面に行くか、重ねて貼るしかない。

軽い手慣らしの曲を弾いてから楽譜を見る。

何がいけないのかな。
その日は、やる気が失せギターを立て掛けて寝た。

夢は寝てみるものだ、とか。
夢は起きてみるものだ、とか。
言われても、最近ではどちらも見れなくなった。

相方は相変わらずパソコンと睨めっこ。
とりあえずの生活費のためにバイトをしている。

「まあちゃん、ちょっといいかい。」
バイト終わりに店長に呼ばれた。目がきついから、私とうとうクビかな。
そう思っていたら、店長が話してきたのはそれとは逆だった。

「まあちゃんさ、どうだい?
正社員にならないかな?」

そんな申し出だった。
その日は考えさせてくださいと、言って帰った。

「27クラブに入れそうもないけど、さ。」
その言葉から始めた。
成功するアーティストは27歳で死ぬ。
その話、正直に言うなら少なくとも22、23で頭角を現さなくてはどうしようもない。

私はすでに今年が27だ。
親はいろいろうるさくなってきた。
メールに「結婚」「子供」「孫」これを自動ではじくことでないかな、なんて思えるくらいに。

「27クラブぅ?

演奏中に死ぬってんだったら構わなよ。

でも、実際は睡眠薬とかの薬物のオーバードズや、自殺。
希望を振りまいておいて過失で死んでいる。
心中をさらに巻き込んで、絶望を振りまいて死ぬ。

とんだ厄災だ。あんなのになりたいのかよ。」

相方は父親の影響で音楽。それもロック、さらに言うなら洋楽。特にニルバーナが好きになるのが早かった。
そのせいか、鬱と薬物に苦しみ27歳でショットガン自殺したカート・コバーンという存在が相方の生活に大きい影響を与えている。

相方が翻訳を、英語を読めるようになりたいと思えたのはそのカート・コバーンの遺書を誰かのフィルターを通してでなく自分で読みたいからだそうだ。

「とりあえず、その忌まわしいクラブを考えるのはやめてくれよ。
誰の幸せにもならない、クソッタレな集まりだからさ。

まぁ、このおっさんはそいつ等の2倍以上を生きたんだ。
それで、もうくたばらねぇかな。」
悪態をつきながら、パソコンを見る。
パソコンの周りには付箋がベタベタと貼られていて、どれもそのおじさんの重要点ばかり。

「始めるはいいんだけどな。
終わり方がわからないんだよ、相手は生きている人間。

殺すわけにもいかない。
伏線なんてあったもんじゃねぇしさホント。

よし、今日はここまでにしよう。
それで、最後の3行くらいを悩んでおく。

それにしよう。」

どうやら、相方は仕事をもう少しで終えそうだ。

「で、どうだった?

今日は少し遅いな、なんて思っていたけどさ。」
「…。正社員になれてってさ。」
「それで、27クラブ。

で、見込はあるのか?
お前の曲は?」

相方が見るギターの撃墜数がすでにそれを物語っている。

「次!
次のがダメなら諦める。」
「前も聞いた、4日後にはまたギター抱えてるのがオチだろ。」

来週が次の募集。テーマ曲は得意分野。

「今度こそは!」

軽くあしらわれ、ギターのチューニングをする。
頭は完全に次に見据えている。

次の日にバイト先で、正社員の話を言われて考えていないことに気付いた。
「もう少し、やりたいことがあります。
それで腰掛の仕事はしたくないで、もう少し時間をください。」

それから少しだけ店長が冷たくなったが、仕方ない。

それからはバイトと飯とギターと睡眠。
これだけそんな感じになっていた。

そして、募集の当日。

待っている最中に相方から電話が来た。
「自叙伝で思わぬボーナス、今日は何かいいの食いに行こうぜ!」
もう少しで番だから、と要件を聞いてすぐに切った。



結果は後で発送されるそうだ。自分なりには何とか出来たほうだ…というよりも、自信がある。
待ち合わせまで少しだけ時間がある。
ちょっと服を見繕っていたらあっという間に、いい時間。
遅刻しそうだ。

相方に会いに行かなくては。電話をかけた相方に。
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