小説

□どこもかしこも化け物だらけ
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「あ、阿伏兎…………」

神楽は阿伏兎の部屋の襖を少し開け、中を伺った。

阿伏兎は神楽の声のトーンに違和感を感じ、眉を寄せて書類から目を離した。
見れば不安げに下がった眉、そしてどこかよそよそしい雰囲気に、阿伏兎はひどく戸惑った。

「どうした、具合でも悪いのか?」

阿伏兎はそちらに近寄り、襖をさらに開けて神楽を招き入れた。

けれど神楽は目を泳がせながら答えない。
はて?と阿伏兎は首を傾げたが、しばらく神楽が口を開くのを待った。

「…………あの…………………………………えっと………今夜は、寒いアルナ……………」

「?………最近は毎日の如く寒いだろ」

ようやく口を開いたが、何を言いたいのか分からない。突拍子もなくて意味不明だ。

阿伏兎はまた次に続く言葉を待った。


「………………」

「………………」


再び訪れた沈黙。
神楽は俯いているばかり。
こうなってしまうと、神楽には申し訳ないが苛立ってしまう。

溜息を吐いて少しかがみ、神楽の顔を覗き込んだ。

「なぁ、オジサン気が短いから、早く言ってくれないと………………………な?」

言葉が見つからなかっただけなのだが、自分でも今の間はなんだったんだとツッコミたくなる。
しかも最後の「な?」ってなんだよ、腹立つな。などと葛藤しながら神楽を見つめる。

さっきの阿伏兎の言葉が効いたのか別に関係ないのか、神楽は再び口を開いた。









「最近寒いし、ど、どうしてもって言うなら、一緒に寝てあげてもぃいいアル、ヨ?」












情けない事に口をあんぐりと開けたまま神楽を凝視してしまった。




「え……………」

「いや、別に私はどうでもいいけど、私優しいから、阿伏兎が可哀想だなぁって………だから」

「遠慮いたします」

阿伏兎は襖を開け、神楽を押し出そうとした。

男の部屋に年頃の女の子が寝るだなんて不躾にも程がある。
馬鹿なのか、この子は?

けれど神楽は慌ててがっちりと阿伏兎の腕を掴む。

「待てヨ!頼むヨ一人にすんナ!!」

神楽は噛み付かんばかりに阿伏兎に声を上げて抱きつく。

阿伏兎はそれを引き剥がしながら怒鳴るように問いかけた。


「なんでだよ、らしくもねぇ!!兄貴がなんかしたのか!?」


何せあの兄貴だし………何かやらかしかねない。

けれど、神楽は兄貴じゃないと首を振った。


「わ、笑うなヨ?」

「笑わないから。どうしたんだ?」


すると、神楽は俯き気味に、ポツポツと説明を始めた。


「今日…………テレビつけたら……………」

「うん」

「暗いトンネルが出てきて………………」

「うん」




「めっさ怖いおばさんがこっちに走って来たアル!!ごっさ怖かったネ!!」


「……うん」


「…………」

「…………」


その沈黙に阿伏兎は、え?と間抜けな声を上げてしまった。


「お、おしまいか?」

「……………」

神楽はたぶん、ホラー番組でも見てしまったんだろう。
その幽霊らしきおばさんが怖かったのだ。

こちらはあまりにもその可愛らしい理由に呆けてしまった。

この少女の場合、そのような類は平気だと思っていた。


神楽は恥ずかしかったのか、涙目でこちらを睨んでくる。


阿伏兎はそんな神楽を見つめながら手を口にやった。
それでもやはり口元に浮かぶ笑みは隠し切れなかった。


「……笑うなって言ったアル」

「…くくっ………ごめんな……………幽霊が怖いか?」

「勘違いすんじゃねーヨ。幽霊が怖いんじゃなくて、あのおばさんが化け物だっただけネ」


神楽は口を尖らせながらも声が小さく、しおらしく俯いた。



あぁ、なんて可愛いんだ。

いつもは毒舌なのに。

こんな少女にほだされ狂うなんて、相当きてるんじゃないか。

彼女に悪意は無いのに。けれどその無意識の行動が、彼の欲を振るいたててしまう。



「で、どうするんだよ………一人は心細いんだろ?」

「…う…………ん」


神楽は窺うように上目遣いで阿伏兎を見上げる。

阿伏兎はそんな神楽の頭を撫でた。


「今夜だけな」


「…!!マジでか!?」

「ただし、」


次の瞬間、神楽は背中にドンッと衝撃が走り、目を白黒させた。


「ぁ………え?」


神楽は壁に押し付けられ、わけが分からないと阿伏兎を見上げた。
そして阿伏兎の目を見た瞬間、“ヤバイ”と本能が察知した。


男の、欲にまみれた眼にやっと気付いたのだ。


けれどもう遅い。


阿伏兎は唇を神楽の耳に近付け、なぶるように甘ったるい声で囁いた。










タダでかえしてもらえると思うなよ?









一人でいるのは怖い

かといって兄貴と一緒は危険

オッサンと一緒はある意味もっと危険



少女の安息は一体どこへ?



→あとがき(という名の言い訳)
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