短編小説

□Y,M,L,M Y
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能勢久作は夜闇を切る、高速音を聞いた。

「不破先輩、きり丸が嗅ぎ付けてきたようです!天狗に連れてこられてます!」
「兵助かっ…、久作!妖士丸!撃墜してくれ!」
「はいっ!」

二人は垣根の屋根に飛び乗り、念力を放つ。が、俊敏に動く上、同伴する乱太郎
の猛攻で近づく事もままならなかった。
押されに押される二人に、不安感から直ぐに痺れを切らした不破が、ポルターガ
イストを仕掛けた。

「乱太郎きり丸!先に降りるんだッッ!!」

突如手を放す久々知に、驚愕して二人は墜落してしまった。見上げれば、大量の
瓦や縄が弾丸となり彼を追いかけている。不破とは互角だが当の今は尋常になく
強く、超高速で無数の蜂に囲まれているようだった。
乱太郎ときり丸はそれを何時までも見ていられず、妖士丸と能勢が立ちはだかっ
た。

「きり丸、何故来たんだ!図書館に居ろと言ったろうに!」
「俺は誤った弔いを止めにきたんです!こんなの間違ってる…、その人は単に呪
われてしまった人間で、誰にも救われなかった!」
「なにをほざいているんだお前は!目を覚ませ!」
「中在家先輩…経を唱えるのを…やめてください」

堅く締められた棺桶に向かう長次は、声を絶やしきり丸を見た。

「僕は自殺して…永遠にこの地に居座るんです。罪は僕が永遠をもって償います
…だから…土井先生を許してください…」

震える声で願う。

しかし、その決心を切り捨てるかのように向き直り経を再開した長次に、悔しさ
とショックがきり丸の胸を強く焼き付けた。
息が詰まり何も聞こえない。
耳には、ただ久々知の叫びだけが強く響いた。


アアアア…

夜の空高く、鳥が鉄砲で撃ち取られた。

折られた翼が風に振り回され痛ましい音を立てながら、夜闇の狭間から落ちる。
そして叩きつけられる体中には、無数の痣と出血が刻まれている。

「っ…ぐぁあ…雷蔵…」

激痛に身を翻すと、更に強い金縛りで緊縛される。

「こんな霊障に巻かれちゃあ超常現象も起こしやすい。用兵隊のヘッドも倒れた
だけあるよ。どうして二人を連れてきたんだい?」
「…きり丸の是までを…棒に振らせたくない。アンタら先輩だろう、…アイツが
どんな生き方してたかも解らないのか」
「そんな事言われても…知らないよ僕は」
「お前…そんな奴だったのか…っ」
「兵助こそ、とよかく言えるクチなのか?」

久々知の瞳孔は開き、怒りに任せ折れた翼を張り上げ、金縛りさえも凌ぎ地面に
拳を打ちつけた。

「名前で呼ぶなッッ!反吐がでる!」
「まだそんな力あったのか」
「地獄で彷徨いてるお前は生きた人間だった頃を忘れたのか!お前は只の死に神
だ!」
「もう…、なんとでも言うが良いさ。」
「極悪、最低、最悪…」

罵声をたてつづけに浴びせる久々知に、目を逸らしつつ金縛りをまた強くした。
声も出せなくなるくらい、石の如く彼は固まった。

「ごめん、君達は部外者なんだよ。乱太郎も同じ様に、暫く近付かないで」
「そんなの御免ですよ」

二人はそれまでにない神妙さを剥き出しにし、きり丸は瓦礫という瓦礫を全て浮
かせ能勢と妖士丸に突きつけた。

「今すぐ金縛りをやめてください!あと弔いも、…土井半助を助けてください!

「それは無理だよ。僕らは用兵隊や鬼達を助けたんだから」
「さもなくば僕は瓦礫を爆発させます。」

不破の悠々とした顔が、一気に凍りついた。

「そりゃあ、危険だね…」

きり丸の起こすポルターガイストのみでは到底勝てるはずはない。二人にしんべ
ヱが加わると、爆風は鋭利な金塊となり敵が如何に多かろうと殲滅が可能だった
。三人揃えば文殊の知恵に近い、切り札だ。
不破は、二人でさえもおそれを成した。

「き…きり丸、乱太郎、待つんだ。君達は…誰に刃を向けてると思ってるんだい
?」
「…出来れば向けたくないですよ、でも、…でも父ちゃんにも兄ちゃん言える土
井先生は…はっきり言って先輩より大切です…−たったひとりの家族だから…」

長次の声が止み、手からバサリと経本が滑り落ちた。乱太郎がはっとして図書幽
霊達の顔を見回すと、死人の顔とは思えないほど何となく赤みを帯びていた。

「…家族…?」

不破が力無く呟くと、張り詰めた空気の膜が一瞬破れたような気がした。見計ら
ったように後ろには、黒い人影が素早く立ち上がった。

振り返る頃には遅く、血を滴らせる久々知が、鋭い眼光をしながら首を腕で拘束
していた。

「そろそろ来るから、…終いにしようじゃないか雷蔵」
「うっ…うううっ!」
「動くと絞めるぞ」

いち早く感づいた妖士丸が一歩踏み出すが、乱太郎が飛びかかり地面に抑えつけ
た。
能勢も、きり丸の精一杯の金縛りで一歩も動けなくなった。

長次がゆっくりと振り返るその先には、音もなく現れた二人が佇んでいた。

…医者と悪鬼。

霊障に影響されないというだけに、どこか妖怪染みた雰囲気がそこにはあった。
本来正義の固まりである伊作でさえ笠を被り、顔には暗く影がさしていた。

「長次、雷蔵、君達が思うようにその人を助ける事は出来ないかも知れない。
しかしそれは、地球上での考え方にとらわれたらの場合だ
僕はその人を救う自信がある」

黒く淀んだ目は、変わらずじっと据えられたままだ。いつもは聞き取りづらい声
も、異様な静けさの中に通る、口を開いた。

「…お前の人の善さにはつくづく感心する。良いだろう、ただし条件付きだ」
「何だ、お前等も戦えと?」

文次郎が茶化すと、「黙ってろ」と低く釘を刺した。

「伊作が治療を施したら、自殺をさせろ。死体に葬式も墓も立てるな。手も合わ
せるな。わかったな?」
「それに…何の意義がある」
「きり丸の為なんだろう?同じ無縁仏にするならば、仲良く彷徨えうがいい」
「あ…あぁ」

伊作は少々たじろぐが小さく頷き、条件を呑んだ。文次郎が長次の横を通り棺桶
を開けると、顔の半分が爛れ、手足に経らしき漢字が浮き出た土井が担ぎ出され
た。
その惨たらしさにも救われるというのに、きり丸の表情に喜びは一つも表れてい
なかった。

「きり丸、乱太郎、来るんだ」

招くと、その時みた喪失感の目は
消え去った。





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