短編小説
□Y,M,L,M X
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−話によると、留三郎らが屋敷で戦っていた間、きり丸が失踪したと聞き、三人
は探しに行っていたという。
やがて日が傾くまで探し、見つかったのは神々の住まう山奥の神社。そこで、争
いの祟り神−立花仙蔵に問答を交わしていた。
「きり丸!」
しんべヱが一番に駆け込むと、神々が一斉に振り向る。神徳が溢れる一室には言
葉を失い、後ずさりさえもする。…だが、少しでも障れば容赦なく消されるだろ
うというのに、きり丸は一人果敢に入り込んだのだ。
「神様なら人間の命の一つや二つどうって事無いみたいですが、やっぱり信心を
踏みにじるのは卑しいだけです!信仰を寄せてこその神様が、なんでそんな!」
「此方には此方の理由がある。影の女王に貴様のような一片の亡霊を会わせられ
ん」
「お盆に帰ってくる筈が、今年も居なかった!影の女王が知らないはずありませ
ん!お願いです!」
影の女王、山本シナ。人妖を統括し、脅威的な強さと美しさを兼ね揃える妖怪だ
。神々さえも従え、護衛に回すほどの事から、それは明らかな証拠とできる。
かく言う留三郎と作兵衛も戦いを挑み、屈辱的ながらも勝った。それも不戦勝、
という形で。
それで用兵隊食満の人気は一気に沸き立った物だが、想起する度良い思いはしな
い。
「土井半助なんて奴の事を訊くなんて失敬だ。あいつは罪人だぞ。」
「でも僕は歴史の影に葬られるのが見るに耐えられません!土井先生は罪人なん
かじゃない!!」
「貴様ッ…!」
それまで平然としていた仙蔵の顔には、少しずつ怒りが垣間見えてきた。嘗て、
何かしら土井とあったに違いない。
そうしんべヱが悟ると、消し飛ばされる前に訴える。
「きり丸、もうやめようよ!土井先生ってひとが大切なのはわかるよ?でも、適
わない事だってある」
「そんなの理不尽過ぎるだろ!無理だって諦めたら…俺の…」
一息おいて、震えつつある答えを導いた。
「存在の…意味なくなるじゃん…」
仙蔵の瞳孔が開く。そして冷たくも、鼻を鳴らし吐き捨てるように答える。
「転生に至れども、強き弱き関係なく目的が果たされず消える命は、これまで幾
多もあった。お前も早く諦めて成仏してしまえ。そうしたら苦酷も消えてゆくぞ
」
「なら、土井先生はもう成仏したのですか?消えたんですか!?教えてください
!」
「…」
黙りこくる仙蔵の重圧にきり丸は耐えきれず、くしゃりと顔が歪み大粒の涙が溢
れる。生きていれば18にもなっている筈なのに、心身はまだ成長途中の、子供
だった。
いつもは強がり泣き顔など見せない彼は、必死に襟巻きで涙を拭う。
すると一瞬、首には縄で締め付けられた様な、おどろおどろしい痣が仙蔵の目に
飛び込んだ。
「きり丸…お前まさか…」
突然立ち上がり、ズカズカと歩み寄ると、目隠しであったそれを掴み上げ引き裂
いた。
「道理で…成仏出来ないわけだ。
無縁仏なうえ首吊りなんぞして…」
涙は乾いた。感情の読めなくなった切れ目は、更なる恐怖で時間さえも止めてい
るようだった。
直立する仙蔵にじっと見下げられ、息も詰まりそうになりつつあるきり丸は後ず
さりした。
だがしんべヱは、逆にきり丸に怯えている。彼には父に繰り返し言われたことが
あったのだ。
−自殺した奴は可哀想な奴じゃない。弱虫だ。
今更になって頭を駆け巡る。
きり丸を責めたくない。
そんな葛藤は生まれるが、明らかな現実が、それを見事に打ち砕いた。
「ど…土井先生…」
呟くと、身体を回し体勢を崩しながら、逃げていった。
「喜八郎、追え」
「え?何で?」
「追えッッ!!」
「えー…、はぁい」
如何なる穴を穿つ神、綾部喜八郎は、気の抜けた返事にそぐわない機敏な動きで
駆け出した。
瞬きの合間に、神社内からは消えている。
「しんべヱ」
「えっ…」
今度は角の取れた口で、話をしんべヱにふる。はぁっと溜め息を吐き、静かに言
い放った。
「わかったろう。人間は切羽詰まった状況じゃ、どんなモノにもなってしまう。
きり丸は危険な亡霊に。土井先生は、土井半助でなく、ノウマという餓鬼に成り
下がったのだ。
何もかも忘れて、一心不乱に満たされない空腹に魘されてる。
今きり丸が行こうが、喰われるだけだというのに、…剰りに哀れだ」
哀愁をふと帯びる表情に、八百万の一つの神とはいえ人間味が滲み出る。厳かな
る雰囲気とは違う、しんべヱはそう感じ取った。
何故だかしんべヱと喜三太が妖怪退治に出る度、頻繁に仙蔵に会う。それを重ね
る度、図らずも親しくなっていった。
仙蔵がいやな顔をしていつつも、表に出さぬ隠れた優しさを知っている。
それはさり気なく、一つの紙切れとして授けられた。
「用兵隊に着いたら読め。わかったな」
耳打ちすると、帰るように促された。
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