短編小説

□Y,M,L,M W
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−利吉さんの馬鹿野郎。
砕けたじゃないか。それでも錬金術師か。
そう兎に角責める他に成す術は見当たらなかった。
だが、奴は待たない。

「モタモタしてる暇はないぞ!」

不敵のナイフを容赦なく留三郎に向け振るい、素早いそれを必死に避ける。
すると焦燥感に誘われたのか、赤いレーザーが土井に向かい放たれ、即座に察し
たらしく避けた。

「大人に向かい後ろめたいですが、こういうの好きです!」

乱太郎が軽やかに飛び出し、素早い弾速のブラスターは絶やさない。命中率は無
い物の、大きく体を使わせ気を逸らす。
砂埃が立つほど威力があり、機動力に富んだ乱太郎自身も有効だ。

「やるじゃないか、お前」

誉め言葉は挑発にも聞こえたらしい。乱太郎の口角はさがり、ギリリと歯を軋ま
せた。

「ガキだと思うんじゃありませんよ!」

それまで片手で威力があったが、苛立ちに任せ両手で打ち始める。加えて攻撃が
激しくなるに従い、より忙しく土井が動く。
緊張がそちらに引かれれば、影が後ろから飛びだしたのにも気付かない。それは
土井の襟首を掴んだ。

「!」
「悉く後方不注意だッ!」

団蔵だ。
そのまま着地に合わせ、大人の身体を軽々しく投げ飛ばした。援護の後留三郎が
駆け出し、再び大きな金鎚を振りかぶる。そして土井が衝突しただろう所に、鋭
く鈍く打ち込んだ。

粉塵沸き立ち、崩壊がさらに進む。さすがに妖怪さえも一溜まりもない。
全員の緊張は、ふっと一瞬緩んだ。

しかし、
「居ない!?」

脱出の跡はどこにもないはず。それなのに、いくら見渡そうが見当たらない。

「畜生め、どこ行きやがった」

再び、体中から汗が吹き出る。徐々に留三郎の顔色も悪くなってきており、余り
の濃い妖気には人間は耐えられぬ事を物語る。
だが、予想だにしない方向から、酷い悪寒は冷たく突き破られた。

「感覚さえ鈍ってるな?」

タカ丸が、首に刃を突きつけられ捕まっている。そんな殺意を剥き出しにする土
井にさえ抵抗出来ないほど、タカ丸自身衰弱している。

「う…ぐ…」

青ざめた顔色は口を必死に抑え、吐き気を堪えている。

「天狗の一味じゃあ、流石に神格化してるんだな。化け猫の分際で」
「ぐううっ!」
「助けないのか?天狗座頭」

更に首を締め上げ、久々知にそれは飛び火する。−きっと動いたらタカ丸さんを
刺す。鬼であるにしろ団蔵にさえ速さを見抜かれた私では…無理に決まっている
!しかし、いつまでもあの様は見ていられない…−そんな葛藤を、動けない合間
繰り返していた。
すると、タカ丸の激しかった複式呼吸が、ぴたりと止まる。顔は益々蒼白となっ
た。

「たッ…タカ丸さん!!」

久々知は叫び、思わず前へ繰り出た。タカ丸はそれを見るなり無理をし、ぼそり
とこう口にした。

「人間、天狗、近寄るな、もう、ムリ…
ハク…」

直後、墨をそのまま煙にしたようなものが、彼の口から仰々しく吐き出された。
それは土井の顔や腕にも降りかかり、それを腐らせていく。

「留三郎!それに触れるんじゃない!」

文次郎が叫び羽織を投げ、団蔵が勢い良く覆い被せた。

「なんだ!なにしやがる!」
「人間が触れたら肌が溶け、吸えば死にます!あれは妖獣が死なない様に溜め込
んだ厄や悪気を吐露する…ある種の自浄作用です。」
「自浄作用!?毒みたいだぞ!」
「憑き物に敏感な人間や、極端に言えば神様には猛毒です。だから止むまで出な
いでください!」

団蔵や文次郎は全く効いていないが、何故か伊作と乱太郎も何物かも察知できず
に狼狽している。

「ったくヘタレ医師が…手も足もでねぇのかよ!」
「しかし、潮江先輩!あいつを見てください!」

団蔵が指さすと、その先には顔を押さえ悶え苦しむ土井の姿があった。あの毒は
、妖怪には堪えないはず。

「まさか、悪霊じゃない…?」
文次郎がそう言うと、まもなく久々知によりこう言い放たれた。

「吹き飛ばします、皆さん伏せてください!」

彼から、崩れかかる家屋を吹き飛ばさんばかりの強風を爆発させた。やがて黒い
煙が一瞬で消えるどころか、人妖共々ある物体全てが舞い上がる。
しかしそれは一つの効果に過ぎず、風はタカ丸を攫ってゆき、土井の手は空き始
める。

−今だ!

確信した留三郎が、地を蹴り残る力を尽くし鎚を振りかざした。

「テメェは吐けるものなら喰らった命を吐きやがれ…っ」

そう一言言いつけると、ちらりと押さえる顔から恨めしそうな目がギロリと向い
た。その怒りは鎚に込められ、風の抵抗を諸ともせず地面に叩きつける。

ドォン…

鈍く響く痛ましい姿。
同じく留三郎はバランスを崩し、自分も落ちてしまった。力は抜け、妖気を吸っ
た所為か動けもしない。

「くっ…」

風がやみ、鬱陶しい砂埃が汗ばむ身体にくっついてくる。そしてまだ、妖気や恨
みがうようよと纏わりつく。タカ丸はグロテスクにも墨を吐き、切り札の文次郎
は刃がたたない。
不快極まりない、何もかもが嫌になりそうで、ゆっくり目を閉じそうになる。

焦りで忙しく高鳴っていた心臓の音さえも、一気に静かになった。

「食満先輩…寝てはいけません」
「うっ」

乱太郎が背中を勢いよく殴る。が、悪寒に臥す彼は返す余地もなく黙ってガスガ
スと叩かれていた。

「死にますよ、駄目です」

一回力が強くなり、閉じかけた眼が半分開いた。その先には、ゆっくりと立ち上
がろうとしている敵がいる。

「嘘だろ…」

あれだけ攻撃をして、まだ立つなんて。

ヨロヨロと立て膝になり、懐を漁って黒光るクナイを抜く。標的は、間違いなく
こちらである。
だというのに、留三郎の体は言うことをきかなかった。

「潮江武次郎の息子といい、最近来た宇宙人といい、訳の分からない人間といい
…」

それまでにない低く振動するような声で、静かに呪いあげる。

「真相を知らないひよっ子共が…馬鹿の一つ覚えみたいに私をどこまでも追い討


全く、なんて道楽だ」

皮肉った最後の言葉には、ほのかな悲しみも漂っていた。

が、剰りにも彼の犯した罪は、見返りとして返る。
空からは、無数の卒塔婆が土井を目掛け降り注いだのだ。

そして悲惨にも、これでもかという位に体へ突き刺さる。何本も何本も、身も悲
鳴さえも崩されていく。
即に見苦しさで、伊作も、文次郎も、小平太も庇おうとしたが金縛りに遭いそれ
を許さなかった。

上には、四つの人影が浮く。

「不破雷蔵、信治追葬なり。享受した善と欺きの借りは、身を滅ぼします」

すっと手を合わせ頭を下げると、見慣れた図書幽霊が青白い顔をみせた。
暗くなり始めた空の横に、三人の顔も映される。

「雷蔵…何を…」
「仕方ないさ兵助、それ程返されなかった借りは多かったんだ。どうやらこの方
は生前素晴らしい事を沢山なさったようだけど、それ以上に悪いことをした。
残念だけど地獄にも天国にも行けないよ」
「行けなくしたのはお前なのか!」
「それは僕の決める事じゃない。他にもたくさん居るから」

優しくも冷酷な言葉をすらすらと並べる雷蔵に続き、長次がぼそりと呟く。

「私達が此処で弔う。もう帰れ」

何か言いたげに文次郎が前に繰り出たが、すぐに伊作が止める。

「もうやめろ。土地の性格からして悪条件すぎる。これ以上長く居るのは、タカ
丸君と留三郎に毒なんだろう?…帰ろうじゃないか」

タカ丸をおぶる小平太も、それに次ぐ。

「伊作の言う通りやはり致死量というもんはあるからな。そろそろ出ないと取り
返しがつかない事になる」
「なら俺はここに残る!」

文次郎が団蔵の方に振り返るが、珍しく同意の目をしていない。まだ、顔を伏せ
ている。

「帰りましょう、潮江先輩」


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