短編小説

□Y,H,L,M  U
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「いいか乱太郎、黒い怪物に足を捕まれたら、絶対に粗末に扱っちゃならないぞ
。それは歴史の塊なんだ。」
「へぇ、どうしてですか?」

傘を被った薬師のような若者と、大きいウサギの耳と眼鏡が特徴的な少年が横並
びに歩いている。

二人が、宇宙人の善法寺伊作と猪名寺乱太郎だ。地球に来て間もないが、似たよ
うな月の文化に、生活上苦労はしていなかった。
おかげで地球の人間にも妖怪にも馴染んでいる。

「ノウマといって、過去を侮ると出てくる妖怪だ。どんな小さな過去でも人の思
い入れの分、大きくなり、襲いかかってくる。」
「その妖怪って、戒めのために生まれた人の作り話じゃないんですか?」
「いや、実際に腕と足を喰われそうになったんだ。私は愚かにも小さい頃、ソヴ
ィエトがスプートニクで攻めてくる、というデマを流したことがあってな」
「ロケットとスペースデブリを間違えた話ですよね」
「そうそう、網膜細胞を入れ替えたばっかりだったから、目がよくならなくって
…」

乱太郎が目をごしごし擦り、手術後なのに違和感のない伊作の瞳を見た。

「じゃあノウマも見間違いじゃないんですか?熊か何かの」
「それはない!出会したのは目が良くなった後だからな!」
「伊作様は不運体質ですから、信憑性はありそうですね」
「まぁな…。というか、改めろと言ったろう?そんな高貴でもない私に、様はや
めろって。」

乱太郎は一応、月の最高権威者である女王"嫦娥"の直属のペットであり用心棒だ
ったが、伊作が婿入り候補に入った事を境に、身を彼に置いたのだ。

「嫦娥様は美男子として、優秀な薬師としても目をお付けになられた方なのです
から」
「あのお方は月で一番美しかった…くそおー!!逆玉の輿だったのに!」
「宇宙旅行が月の権力と絶世の美女を逃した…なんて。」
「はあ…、天の羽衣はどこにいってしまったんだ!これでは帰れない…」

スペースシャトルが大破し、その拍子に天の羽衣―亡きかぐや姫から授かった大
切な物を何処かに盗まれてしまった。
…というが実は、現在用兵隊組織の宝物庫に厳重に保管されているからだ。中身
は基本明かされずに残っている為に、伊作が知らないのも勿論の事。
兎に角不運としか言いようがない。



それにしても、この二人は退屈そうに土手に座り、いつまで話しているのだろう
か。
日も落ちそうで、空は橙色に染まっている。そろそろ肝試しの約束の時間に近付
いている筈。

「伊作様、伊作様、地球の幽霊ってどんなの何ですかね!僕すごく楽しみです!

「そうだなぁ。月では気持ち悪いものばっかりだったからな。」

長次の緊張感とは一転した、能天気な雰囲気は、地球外生物独特だ。全く地球の
常識からみた、変人ばかりである。
そうすると、野蛮人とその付き添いの天狗が、廃墟の方向から歩いてきた。

「おっ!エイリアンの伊作じゃないか!」
「あれ?何故小平太達があっちから?」
「俺らは下見に行ってきたんだー」

後から、馬に跨がった鬼の二人がやってきた。団蔵が操っているからきっと、少
し離れている山から送りに来たのだろう。
団蔵自身はついでのついでに肝試しとして。

「文次郎と団蔵も、下見か?」
「あぁ。大した事なかったがな」
「えー…、期待して損した。」
「しかし、一つ気になるな」
「何が?」
「あのがめついきり丸が、今日は何故か良心的なのだ」

重苦しい面持ちにそぐわない答えだった。凄く珍しいにしても、たまには有るだ
ろう。きり丸は性格が悪い訳では無いのだから。

「気にしなくていいだろ、きり丸が何か企んでるとでも?」
「そうだ。たった一枚買ってこの人数押し掛けたら金とるだろ!何時ものアイツ
なら」
「まぁ…歳上の畏れ多きバケモン共に金はせびれはしないろうに」
「確かにそうだがバケモンって…どっかの土地神みてーなこと言いやがって…」
「そんなつもりはなかった」

文次郎も幼少の時分は傍若無人にも暴れまわったことで、鬼には変わりない。今
では道徳もあり、逆にしてみれば強い宇宙人や人間にも嘗められている。
いいのやら悪いのやら。

「乱太郎に団蔵、よくつるんでるだろ?何か言ってなかったか」
「きりちゃんは抜け目がないから…全然聞いたことないです。」
「じゃあ、変わったことは?」
「変わったこと…といえば、悩んでるみたいで…」
「あのきり丸が?どんな感じにだ」

少々驚いた顔で、一同が皆振り向く。二人は心配げに続ける。

「何かの拍子で突然わっと泣き出すんです。亡霊なのに生きてるみたい。訊いて
も“八年待っても見つからない。もうだめだ”の一点張りで」
「きり丸は、誰かを待っているんです。前に馬を借りて、探してもいましたが」
「…誰かを?」
「…というのはちょっと前までの話しで、」
「がくっ」

深刻な顔から一転して今度は訝しげな顔で、意味深にこういった。

「最近ころっと治って、ウキウキ何ですよ。ほんとのこと教えてくれないけど、
表向きゼニもうけゼニもうけって」
「…?」

結局、近況は掴めたものじゃなかった。ただ、参考になりそうな感じにはあるが


全員顔を見合わせて唸り始めると、余裕綽々とした留三郎と久々知が賑やかにや
ってきた。

「待たせたな、すまない」
「留三郎!少したりとも疑ってないみたいだな…」
「は?なにを疑えと?」
「きり丸だよ!」

事の発端は留三郎だ。伊作は内心「こいつに聞けばどうせ見抜けるだろう」と考
えていたが、そう奴も頭は回っていなかったらしい。
しかし彼は彼で、遅れた分面白い事を調べてきたらしい。

「きり丸からは買っただけだってのに…あ、けど不破に会って、行くなと警告さ
れたな」
「あ!俺達も悪霊男に止められたぞ!!」
「お前等もか?こっちは単なる余興かと思いきや、調べてみたらとんでもない事
実が分かった」
「え?なにそれ」

新聞を強く掲げ、その見出しに視線は集まった。

「あそこは昔から心霊スポットとして人気だったらしいがな、八年前位から“ノ
ウマ”が現れるようになって誰も近付かなくなったんだ。その妖怪は人妖関係な
く食らう。」

その一面によれば、無事で帰る事は愚か、生きて帰ったものは誰一人居ないらし
い。そう書かれてしまうと、この情報自体信憑性が疑われる筈だが。

「あっ!ノウマって、伊作様がいってた…」
「まさか、地球にも存在したのか…。」

伊作にとって、正真正銘といえる。

「そこまでの被害があると言うことは、同時に誰かの物凄く大切な歴史…いや、
思い出なんだろう。忘れ去られた分、誰かが必死になってつなぎ止めようとする
。」
「じゃあ伊作様…つなぎ止めようとするのがきりちゃんだって言うんですか?」
「それはこじつけだ!きり丸の奇行とこの事件は関連しているとはわからない」
「ですよね…。」

違うとも言い切れないけれどな、と伊作は付け足すと、留三郎の方を向いてこう
締めた。

「留三郎、もしかしたら肝試しという形に装った、妖怪退治を求めてるんじゃな
いのか?券を買って損しない為にもせよ、行けば出くわさざるを得ないだろ。」
「確かに…そうかもしれない。きり丸はちょっとばかりひねくれてるからな。ド
ケチだし」
「そかんがえて望もうじゃないか。お前もそうそう負ける訳ないし、心配要らな
そうだな」
フンと鼻で笑うと、彼から先に歩み出した。

「面白い事件になりそうだ」











薄暗闇を抜けると、一層不気味さを漂わせる廃校へたどり着いた。姿は旅館のよ
うだが、当時は莫大な規模があった学校と思われる。忍者の学校とは言われるが
、看板は取り外され、その説であることは疑ってもいいかもしれない。ただの豪
邸にも見える。

「ウヨウヨヤバいのが居そうだぜ」
「さっきも言ったろ。ノウマ一匹でそれも襲ってくるって」
「じゃあそのノウマとやらは…ここのどこにご鎮座されてるんだ?」

文次郎に問われると、留三郎は新聞を読み返した。

「入り浸ってる訳じゃない。あっちからすぐに見つけて来るらしい。」
「…すぐ?」
「すぐ。」

沈黙が走り見回すが、一向に気配は感じられない。門へ入っただけでは大した反
応は無いと言えるのか。

「核らしい、心霊が沢山現れるという寮に行くか。」
「いきなり!?そんな無茶苦茶な!辺りを偵察したりしないのか?経緯とか、知
りたいことはもっとないのかよ」

伊作は驚愕のあまり声を裏返した。留三郎はニタニタとしながら振り向き「怖い
のか」とあざ笑おうとしたらしいが、その顔は異なる。
宇宙人二人組はまるで旅行前のような興奮に満ちている。

「伊作に乱太郎…そんな楽しみか…?」
「当たり前じゃないかぁ!地球的肝試しとか、どれ位汚い死体や幽霊が出てくる
んだろうなぁ」
「地球的殺害は極めて不潔ですからね。血も内臓も腐り、まるでゴミ扱いです」
「月の最近の処刑方法はエコロジーで、原子レベルに分解して再利用しているん
だ。」

侮った彼の顔から、血の気が引いた。奴らの方がよっぽど人命軽視してるように
聞こえたからだ。
一応記しておくが、伊作は月の医者である。

「まあそう言う好奇心も理解出来なくもないが、それはまた今度で、今回は目的
をノウマ退治に焦点を置くぞ。」
「しょうがないな、我慢するよ」

一苦労であった。だが宇宙人の興味は尽きないらしく、コソコソと散策を話し合
っていた。呆れたものと思いながら、留三郎は進める。

「兵助!」
「ハイ?」
「のんびり腹ごしらえか?今から命令だ、一秒で寮を探してこい」
「己を命令できる程偉い人間と勘違いなさっておられる様ですが、私は…」
「行かないなら良いぞ?一生飛べなくしてやるがな!」

骨をならし脅すと、久々知は恐れ入り豆腐を落としてその場から消えた。留三郎
はここにいる全員の妖怪は、用兵隊として倒し改心させた者だ。
人で言う十四歳の若い妖怪達は特に、圧倒されお手上げ状態だという。

「只今戻りましたああああ!!」

と、一息吐くと兵助が着地に失敗し転がり込んだ。着地、いや着弾にも見える。

「寮らしき長屋は直線化してここから十時の方向に発見!距離60メートル!校
舎を横切り壁伝いに歩く道程となります!」
「よくやった兵助!そこにある豆腐を食え」
「はい!!!!!」

会話のスピードも酷く早い。また地面に落ちた豆腐に食らいつく姿も無我夢中な
ようだ。周囲は走馬灯の如く駆ける現実に、ぽかんと口を開け佇んでいることし
か出来なかった。
「はっ!俺…また人間の言いなりに…でも豆腐はうまい」と訳の分からない独り
言を余所に、事態は元の目的へ。
小平太が空気を読まず口を挟む。

「つまりは確かに其処なんだな?」
「この天狗を信頼するならな」
「よっしゃあ!じゃあいけいけどんどん!直行すんぞー!」

そして走り出す。だがその手にはタカ丸の尻尾が握られており、フギャーとでも
いえる猫の悲鳴を引きずっていた。

「留三郎」
「何だ文次郎」
「テメェは指くわえて俺の勇姿を見てな!」
「それは貴様だコノヤロー!正義の俺が勝つから悪のお前は引っ込んでろ!」

競うように駆け出した。小平太と同じく、手にはそれぞれ団蔵と兵助が引かれて
いた。

「うあー!潮江先輩!」
「俺のお豆腐さんがこぼれるー!」

取り残された宇宙人はというと、急ぐ様子はない。

「乱太郎、ゆっくり飛んでいこうか。ロマンチック・ナイトフライトは地球じゃ
スリルもありそうだからな」
「えへへ、そうします」

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