戴きもの

□桜咲く頃
1ページ/2ページ

その日、薫は珍しく一人で恵のもとへ訪れた。


「こんにちは、恵さん。」

恵は診察室の整理の手を止め、笑顔で出迎える。


「いらっしゃい、薫さん。一人なんて珍しいじゃない。」


恵の問いかけには答えず、診察室の椅子に腰掛けた。その表情には緊張感が張り詰めている。


「ねぇ?何かあったの?」

薫の様子を不審に思い、恵は薫の全身を目視する。
別段異常はなさそうだ。


「けっ…、剣心に…、求婚されたの…。」


薫は顔を真っ赤にし、やっとの事で話し出した。
恵は、その薫の様子から、どんな言葉が出てくるのかと内心緊張していたが、呆気にとられる。


「なんだ、よかったじゃない!何言い出すかと思えば!」


恵らしい祝福の言葉にも、薫はまだ困惑顔をしたまま俯いてしまった。


「私…、私でいいのかな?」


俯いたまま消え入りそうな声で薫が呟く。
握りしめた両手が微かに震えていた。


「剣心は、私と一緒になって幸せになれるのかな?」

恵はただ黙って薫の言葉を聞く。


「私…、巴さんみたいに綺麗じゃないし、料理だって…。」


「また私に叱られたいの?」


薫は咄嗟に顔を上げる。
恵は、険しい表情で薫を見つめていたが、はぁっと一つため息をつき、薫の正面に腰を下ろした。



「巴さんがどうとか関係ないの。剣さんは貴方を愛して貴方と夫婦になりたいのよ。」



恵はそっと薫の両手を自分の掌で覆う。
その温かい手からは、恵の優しさが滲み出るようだった。



「貴方は剣さんが信じられないの?」


恵の言葉に薫は顔を勢いよく横に振る。
その姿を見て、恵は微笑んだ。



「剣さんは絶対に貴方を幸せにしてくれる。貴方も剣さんを世界一幸せにしてあげなさい。」



恵の心からの激励に薫の大きな瞳から透明な雫が流れだす。



「恵さん、ありがとう…。」





診療所の外はいつの間にやらすっかり夜の帳が辺りを包んでいた。



恵は薫を途中まで送ると言い、二人は月光の下並んで歩く。



「私、恵さんみたいなお姉さんが欲しかったなぁ〜。」


先程まで泣いていたとは思えないほど、無邪気な笑顔で話す薫を見て、恵は気付かれないように小さく微笑んだ。



「私は貴方みたいな妹はお断りよっ!」



いつもの調子で言い放つ恵に薫は小さく舌を出し、意地悪っと笑顔で答えた。



「薫殿!」



その時、闇の中から聞き覚えのある声が薫を呼ぶ。
そこにはこちらに近づく大小の男の姿が。



「よぉ、嬢ちゃん。迎えにきたぜ。」



「剣心、左之助まで…。」


「薫殿、帰りが遅いので心配したでござるよ。」



剣心が薫の前に手を差し延べたその時、恵が口を開いた。



「剣さん、貴方はこの娘が…。薫さんが誰よりも必要なんですよね?」



恵の真っ直ぐな瞳に怯む事なく剣心は頷き、薫を見つめて微笑んだ。



「拙者が必要としているのは、薫だ。さぁ帰ろう。」


剣心の言葉に涙ぐみながら、薫はしっかりと差し延べられた掌を握り返した。





「あーあ、ほんっと、私ってお人よし!」



剣心達を見送り来た道を引き返しながら、恵は空を見上げて愚痴った。少し後ろを左之助が無言でついてくる。



「どうして私の魅力に男は気付かないのかしら!」



珍しく声をあげ、ぷんぷん怒る恵の姿を見て、左之助は声を殺して笑っていた。


「だーいじょうぶだって!今にすんげぇ色男が現れるから!心配すんなっ!」



いつの間にか隣に並んだ左之助は、恵の頭をぽんっと一つ叩くと颯爽と追い越した。



「案外すぐ近くにいるかもしれねぇぜ?」




恵にとっての春はもうすぐ傍まで来ているかもしれない。



それに気づくには、まだまだ時間がかかりそうだ。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ