戴きもの
□― 紐 ―
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― 紐 ―
「薫殿、おかえりでござる。」
帰宅し居間の襖を開けると、いつもと変わらない笑顔で迎えてくれる剣心。
しかしよく見ると剣心の両手首は紐で縛られていた。
「ただいま剣心…ってどうしたの!?泥棒っ!?」
「…おろ?落ち着くでござるよ、薫殿」
慌てふためく薫を制止し、剣心はがさごそと手首を動かす。
すると、あんなにもきつく結ばれていた紐が緩くなっていき、ついにはほどけ床の上に落ちた。
「…外れたでござる」
聞くと、買い出しに行った帰りの道で見た大道芸の演目だそうで、やってみたらあっさり出来てしまったらしい。
「…もぉ!驚かさないでよ。びっくりしたじゃない!」
唇を尖らせ言う彼女に、眉をへの字に歪め「すまない」と告げる。
そのまま落ちていた紐を拾いあげると薫の目の前へ差し出す。
「…薫殿もやってみるでござるか?縄抜けを覚えているといざというとき役に立つやもしれぬよ?」
「ご心配なく。私の人生においてそんな局面がくる予定はないわよ」
「…そうでござるか。まぁ薫殿の手首に紐の跡がついてしまうのも忍びないでござるな」
「…剣心?それって私のこと不器用だから解けないって馬鹿にしてるんでしょ!」
薫は怒った口調でいうと、ぐいっと腕突き出す。
「…いいわ。剣心よりも早くに解いて見せるんだからっ」
ころころと表情を変えていく薫を見て、そんなところも愛らしいと想う。
そんな心のうちをおくびも出さず、剣心はニコニコと薫の腕に暇をかける。
しゅるしゅると小気味よい音を立てて紐がいく。
薫はあっという間に縛られた腕をみて軽く振ってみる。
それが解けない事を確認する。
「なんだか、妙に慣れてる気がするんだけど」
「気のせいでござるよ。…では解いてみるでござる。確か拙者よりも早く‥でござったか?」
その言葉を機に、薫は紐の結びに神経を集中させる。
薫のことを思ってなのか、紐はそれほどきつく縛られているようには見えないが、案外きつい。
試しにぐい、ぐいと引っ張ってみるが紐は腕に食い込んでしまう。
ならば、と薫は結び目に指をくぐらせる。
「三分経過したでござるよ」
…なにこの結び方。
結び目を辿って解こうとしてみても、別の紐が引っ張られ、絞まる。
まるで紐全体が絶妙な具合に計算されて結われているような気がする。
「もう拙者がこなした時間は過ぎてるでござるよ?」
「ちょっと黙ってて!」
こうなったら意地でも自力で解く、と息巻く薫に対し、剣心はこっそりと溜息を吐いた。
「…もう諦めたらどうでござる?」
「んー‥もう少し」
「そう言い続けて一刻は経つでござるよ」
「……」
すでに沈もうとしている太陽の光を背にし、薫は未だ紐と睨めあっていた。
「薫殿、解こう。腕をこちらに」
「‥いい」
「それ以上していると腕が擦れて痛むでござるよ」
一瞬動きを止める。だが、
「……」
あっさり無視し剣心に背を向ける薫。
そんな薫の態度に少しムッとした剣心は、薫の肩をぐんと後ろに引く。
腕に集中していた薫は、あっけなく畳に転がり込んだ。
上から見下ろす剣心を見て、初めて自分の置かれた状況に気が付く。
「‥やっぱり解いてくれる?」
本能で危険を悟り差し出した腕を、剣心は掴みそのまま薫の頭上で押さえ込む。
「どうやら拙者には解いてほしくないようであったし、拙者はこの状況を楽しむことにするでござる。ねぇ、薫殿‥?」
「剣心っ!?…っ、こんなと‥こでっ!」
「嫌なら逃げればいい」
そう言われひたすら身をよじるも、仰向けな上、両手が上手く使えない為、まともに身動きもとれない
「だから言ったでござろう?」
必死に足掻く薫を見ながら、剣心はにっこりと笑みを浮かべた。
「縄抜けを覚えておくと『いざというときに役に立つやもしれぬ』っと」