オリジナル

□あめだま
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「うわぁ、きれいなあめだま」
「気に入ってくれたかい?」
「えぇ、とっても」






あめだま






アリスは上気分で歩を進めていた。
その手には、ちいさな瓶が大事そうに抱かれている。
その瓶のなかには色とりどりのあめだま。
たまたま歩いていた店の店頭に置かれていたそれに、アリスは心を射止められたのだ。
ビー玉のように丸くて七色のあめだま。
そんなあめだまをアリスは安く購入させてもらった。
店の店主がアリスがそのあめだまを気に入ったことに機嫌を良くし、安くしてくれたのだ。

「ほんとう、きれい」

自分の腕のなかにあるあめだまに目を落とすと、その色に魅了されてしまう。
ほぅ、っと甘い息をつきながら立ち止まるアリス。
アリスは瓶の蓋を器用に回して開けると、その中味であるあめだまを取り出した。
アリスが取り出したのは青色のあめだま。
それを口のなかに含み、舌でころがす。
ころころと可愛らしい音を立てて口内で踊るあめ。

「ん、おいしい」

その甘さに思わず顔がほころぶ。
このしあわせを、独り占めにはできないな。
はやく帰ってあの子たちにもしあわせをわけてあげよう。













アリスは家に帰ると、チェシャねこと時計うさぎが待ってるであろう自分の部屋へと急いで行く。
ドタドタとせわしないものだから、「はしたない」と声が飛んできそうだ。
目的地である自分の部屋のドアを荒っぽい動作で開けると、自分の予想していた光景はなかった。
チェシャねこと時計うさぎの姿が見えない。

いると思ったのに。

いて欲しいときにいないんだから。

がっくりと肩を下ろし落ち込んでいると、突然、ビュー、という音を立てて風がアリスの方へと吹き込んできた。
風はアリスの髪をいたずらにもてあそんでくる。
何事か、とアリスが風の吹き込んできた方向を見ると、自室の窓が開いていた。
買い物に出かける前、ちゃんと閉めたはずだ。

だとすると。

「あの子たちね」

アリスの脳裏にねことうさぎのシルエットが浮かぶ。
アリスは手に持っていたあめだまをスタンドの上に置き、そのシルエットに向けて、開けたら閉めときなさいよ、と悪態をついた。
だが、どうにも憎めないところがある。

「ほんとどこに行ったのかしら?」

その憎めない二匹に向けて、アリスは開けられた窓の外を見ながらぽつりと呟く。
なんだかはやく帰ってきて欲しいという、寂しい衝動にかられ、アリスは足を動かした。

「しょうがない。近くだけでも探しに行きましょ」

アリスはふぅと一息吐いて、開けられていた窓をバタンと閉める。

アリスの部屋に風が止んだ。















アリスが出て行った数分後。

やがてうさぎが戻ってきた。

うさぎは窓から飛び出して、ちょっとした散歩に出かけていたのだ。
そんなうさぎは出て行ったときと同じように窓から入ろうとしたが、なぜだか窓が開かない。

そういえば、閉めたっけ?

窓を壊そうかと思い付いたが、なんだかアリスが怒りそうな気がしたのでやめておいた。
しょうがなく玄関からうさぎはアリスの家に入る。
窓の鍵は閉まっているというのに、玄関の鍵は開いていた。
入ってすぐ、アリスの靴がないことに気が付いたが、気にする様子もなくうさぎはアリスの部屋へと向かう。

「ん?」

うさぎはアリスの部屋に入るなり、あるものに目を止めた。
それはアリスが自室のスタンドに置いていったあめだまであった。

「わあ〜・・・」

うさぎもそのきれいな色に目を奪われる。
スタンドに陽光が差し込んできてそれは、キラキラと輝きをも帯びていた。
うさぎはキョロキョロと視線を四方に向ける。
誰の姿も見当たらない。
うずうず、と、うさぎの身体が疼く。

「ちょっとだけ」

うさぎは自分の感情には逆らえず、一個くらいなら、とそのあめだまをひとつ頂戴しようとする。
舌をぺロリと可愛らしく出しながら、そのあめだまが容れられている瓶を開けようと蓋を回してみるが。

「んっ・・・!」

開かない。
うさぎはアリスのように器用に回すことはできなかった。
その瓶はうさぎがあけるにはとても固くて、とても大きなものだったのだ。
そしてうさぎの不器用さも重なり、それを開けるにはとても困難な代物だった。
しかしうさぎは諦めない。
うさぎは負けず嫌いなのだ。
よって、その瓶の開かなさは、うさぎの負けず嫌いに拍車をかけた。

「なによ〜」

うさぎは瓶に右足をかけ、左足を軸にし、両手を使って蓋を無理やりこじあけようとする。

「こっ・・・の・・・・・・!」


だが。

「あ」

片手両足を使ったうさぎは左足だけではそれらを受け止めることが出来ず、つるりとその場に滑ってしまった。
瓶とうさぎが乗っていた場所はスタンドの上。
滑った衝撃で、その上からうさぎと瓶は落ちてしまった。
うさぎと瓶の躯が宙に舞う。
ふわりと、うさぎの躯に異変が起こった。

「きゃーっ!」

うさぎが自分の事の事態に気づいて叫び声をあげる。
うさぎは、叫び終わらないうちに瓶と共に床に打ち付けられた。
ドテンガシャン、とアリスの部屋に破壊音に似た大きな音が響く。

「痛たたー・・・」

うさぎが悲痛の声を漏らしながら、尻餅をしたのであろう、尻をさすり、むくりと起き上がる。

「もお〜・・・」

躯にはしる激痛から顔を歪めるうさぎ。
だが、うさぎの目にあるものが入った途端、痛さに歪んだ顔はみるみるうちに青ざめていった。

「あめっ・・・!」

落ちた衝撃で、あめだまが入っていた瓶が割れていた。
中味のあめだまが、ごろごろとそこらじゅうに散らばっている。
瓶のかけらもあめだまのかけらも色々と散らばっていて。
うさぎが慌ててあめだまを拾おうと手を伸ばしたとき。
背後から扉の開く音と、ひとの気配を感じた。














うさぎもねこもいない。
家の周辺をうろうろとしてみたけれど、うさぎたちの影すら見当たらない。
仕方がなくアリスは家に帰ることに決めた。

家のドアを開けて玄関に足を踏み入れると、すごい破壊音が二階から鳴り響いてきた。

「な、なに!?」

アリスは驚きながらもどたどたと階段を駆け上がると、発信源であろう自室の扉を開けた。
目の前に在った光景は、七色のあめだまが四方に散らばっているもの。
相変わらずキラキラと輝いていて。
それは自分の部屋に七色の星が落ちてきたようであった。
そんな光景に唖然としていると、アリスの視界にピンクのふわふわが入ってきた。


うさぎ、だった。


そんなうさぎは、後ろから感じるアリスの気配に気づき、くるりとアリスの方に首を回して顔を向けた。
そうすると、うさぎの顔がばつの悪そうな顔になっていく。

「アリス・・・・・・」

そんなうさぎの表情をみて、アリスは事態を悟った。

あめだまの瓶を、落としたんだ。

そう解ると同時に、アリスの腹のなかにふつふつと怒りが溜まってきた。
せっかく、買ってきたのに。
食べて欲しかっただけなのに。
あなたたちに、食べさせたかったのに。

「どうして、こんなこと」

だが、事態を悟った、といえば語弊がでる。
悟ったにしても、悟ったのは一部分。
うさぎが瓶を落としたということだけ。
アリスはうさぎが不注意で落としたとは思わなかった。

うさぎが、わざと落としたのだと、思ってしまったのだ。

もともと、うさぎの行動は素行が良いものではなかった。
よくいたずらをする。
ふき掃除をしていたかと思えば、わざとアリスの顔に雑巾を投げつけてきたり。
料理を食べていたらごはんのなかにアリスの嫌いな食べ物をいれてきたり。
こどもっぽい、まだ可愛らしいいたずらだが、アリスはそれを好ましく思っていなかった。
だから、これも、わざとうさぎがしたのだと、そう思い込んでしまったのだ。

「ひどい。どうしてこんなことするの」

その時には、すでにアリスの腹のなかのどす黒いものは充分に溜まっていて。

「アリス、ちが・・・・・・」

そううさぎが抗議しても、アリスにうさぎのことばを聞く耳はなかった。

「言い訳?」
「・・・・・・」

そんなことばを聞かされて、うさぎは一瞬頭が真っ白になった。

ちがうのに。
あたし、わざとじゃないのに。
それなのに、こうまで言われてしまうなんて。
こんなアリスの顔、はじめて見た。
はじめて向けられる、自分を憎むアリスの表情。
今までだって、怒られることはあったけれど、こんな顔は初めて。
あたしだって、わるいことしたとは思ってる。
だけど・・・・・・。

「アリス、ほんとにちがうんだってば」

もう一度アリスに真実を話そうと試みるけど、アリスはそれを鼻であしらった。

「うそよ。あなた、いつもいたずらするじゃない」
「そうだけど、これは・・・」

だんだん、うさぎの声が震えてくる。
視界がじわりとゆがむ。
なみだがこぼれてきそうなのを必死に堪えるうさぎ。
咽喉のあたりがヒクヒクと痛む。

「これは、なによ」

アリスが催促をしてきた。
ちゃんと話したいけど。
誤解を解きたいけど。
いまことばを発したら、なみだがこぼれてきそうで。
うさぎは黙っていた。

「あなたは、ほんとに」

しんと静まり返った部屋に、先に言葉を発したのはアリスだった。
だが。

「いっつも、そうやって」

その声が裏返り、声が震えている。

なみだを見せまいと、うつむいて下を向いていたうさぎは、その声と、落ちてきたしずくに顔をあげた。
落ちてきたしずくは、自分のものではない。

じゃあ・・・。

「わたしは、ただあなたたちに喜んで欲しかっただけなのに」

そのしずくはアリスのものだった。
アリスの目から、そのしずくと同じものがどんどんあふれ出してくる。
しゃくりあげながらそんなことをいうアリスを見て、うさぎもこらえていたなみだはもう制御が利かないものになっていて。

「ご、ごめんなさ・・・」

気づいたときには泣いていた。
只ただ、あやまりながら泣いていた。

「ごめんなさい、アリス」

アリスも、そんなうさぎを見てなんだか余計に泣きたくなった。
ふたりともしゃくりあげながら、いままでのことの事態を話す。
今度はアリスもちゃんと聞いてくれた。
うなずいてくれた。
そのことが嬉しくなって、更に泣く。
うさぎの言うことを信じれなかったことに、申し訳なくて更に泣く。
ふたりはおもいきり大泣きをした。

アリスの、七色のあめだまがこぼれている部屋に、ふたりのなみだが溜まっていく。
その丸いしずくは、七色のあめだまより色合いは落ちぶれているけれど。
輝きを帯びていることに対しては、充分すぎるほどにあめだまより勝っていた。
















やがて、ねこがうさぎと同様散歩から帰ってくると、アリスとうさぎの泣き声が聞こえてきた。

とても入りづらくて。
寒い廊下のなか、アリスの部屋の前でしゃがみ込み、鼻をたらしながらふたりが泣き止むのを待っていた。
次の日、ねこが風邪を引いたのは言うまでもない。







end.

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