オリジナル

□お茶会
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「好きなお菓子ってなに?」
「チョコレートケーキ」
「ふーん」
「つくってくれるのか?」
「まさか」








お茶会








キッチンから、ほのかに甘いにおい。
それもそのはず。
小麦粉やバニラエッセンス、チョコレートなどをボウルにいれ、泡立てている者がいた。
薄いピンクの毛色の、一匹のうさぎ。
となりには、ブロンドと蒼い瞳が特徴な少女がいる。
そのなかのうさぎが、ガシャガシャと音をたてながら泡立てていた。
うさぎが勢いよく泡立てるものだから、ビチビチとその中身がまわりに飛びちる。
したがって、そのとなりにいた少女にも被害がおよんだ。
少女は飛び散った生地を布巾でふきながら、「こらこら」という言葉をうさぎに投げかけた。

「そんなに力んじゃだめ。もっと優しくね」
「・・・・・・」

少女が、うさぎに忠告をする。
少女の忠告にむうと頬をふくらませながらも、うさぎは言われたとおり力をおさめる。

「でも、アリス。これ、全然とろーってならないんだもん」

うさぎはその少女に、ふくれつらのままちいさなこどものような抗議。
そんな可愛らしい抗議を聞いて、アリスと呼ばれた少女はふぅと一息つく。

「そうね。すぐにはとろとろにならないわ」
「つかれたわ」
「やめちゃうの?」

アリスの言葉に、うさぎは黙ってしまった。
その態度に、アリスは微笑を顔に浮かべる。

「チェシャに、チョコレートケーキをプレゼントしたいんでしょう?」

アリスがそう言うと、うさぎはピンク色の顔に朱を増した。

「そんなんじゃない」
「あら。そのわりには動揺しちゃって。また力んでるわよ」
「これは元から」
「そうかしら」
「もうっ!うるさいわねアリス!」

真っ赤になったうさぎは、多少意地の悪いアリスにわざと生地を飛ばした。
「きゃあっ!」と言いながら逃げたものの、生地は綺麗に放物線を描きアリスを襲う。
結果、アリスは茶色い生地まみれになってしまった。
どろー、とアリスの頭から生地がしたたり落ちるのをみて、うさぎは「思いしったか」とゲラゲラ笑う。
そんなうさぎに、アリスは反撃をしだした。

「やったわね」

言うと同時にアリスはうさぎからボウルをとりあげると、うさぎと同様、中身をうさぎに飛ばす。

「ぶわっ!」

生地はアリスの的中どおりうさぎを襲い、うさぎの悲鳴がキッチンに響いた。
その声を聞いて、今度はアリスがくすくすと笑う。

「おあいこね」

うさぎのピンク色の毛色は、べっとりと茶色がかってしまった。
お互い顔や服にチョコレート色のべとべとがつき、作業はいったん中断。
見れば、ボウルのなかの生地はもうチョコレートケーキをつくる余裕がないほどに減っている。










「できたぁっ!」

歓喜の声がキッチン内から上がった。
キッチンから漂う甘いかおりは、先程よりも幾分上々している。
作業が開始されたのは、ふたりがシャワーをあびたあと。
一から作り直し始めたので、時間は相当かかってしまったが。
歓喜の声をあげたうさぎの手には、チョコレートケーキが出来上がっていた。
チョコレートクリームやいちごなどが添えられているが、デコレーションの出来はお世辞にも上手いとは言えない。
いちごなんか、今にもくずれそうである。
だが、目をキラキラと輝かせながらチョコレートケーキを見ているうさぎに、そんなことが言えるはずもなく。

「よかったわね」
「うん」

無邪気に笑ううさぎは、「ちょっと出かけてくる」とことばを続けた。
ラッピングもせずまま出て行こうとしたうさぎだが、ふと立ち止まり、背を向けていたアリスの方へと向き直り、その名を呼ぶ。

「アリス」
「なぁに?」

アリスが尋ねると、うさぎはちいさな口を動かした。

「ありがとう」

「それだけ」。照れくさそうに言い残して、うさぎは走り去って行ってしまった。
あとに残されたアリスは、目を瞬かせながら驚いていた。
だが、次第にその表情に笑みが浮かばれてくる。

ありがとう。

そのことばが耳に響く。


「どういたしまして」

笑みと同時にことばがこぼれたアリスは、はにかんで笑っていた。















はやく、行かないと。

朝から作っていたけれど、いろいろあったから、お茶の時間の三時に間に合わなかった。
三時に間に合うように作りたかったけど、そんなこと、もう言ってられない。
現在の時刻は五時をまわったところ。
お夕飯前に、出来たてを食べてもらいたい。

あの子が好きな、あの大きな木。
樹齢が何年かだなんて、そんなことはわからないけど、すごくすごく大きな木。
あの子はその木のあの枝がお気に入り。
あそこから見える景色は、とてもきれいだから、よくあそこに上っている。
きっと、あそこにいる。

いそがないと。


ケーキを落とさないように気をつけながら早足で歩く。

ケーキはうさぎが持ち運べるほどだから、ちいさく作ったのだが、やはり若干大きかった。
すこし重たそうに、よたよたと歩いている。
そんなうさぎだが、すこしずつ、目的地へと近づいてきた。

「あ」

うさぎが声を漏らしたのは、大木が見えたから。

そこに、あの子がいたから。

「チェシャ―――――・・・」

やっと、あの子にあげられる。
喜んだうさぎは、走ってしまった。
もともとよたよたとしていたうさぎの足は、いきなりのその衝動にたえられず、互いの足をひっかけてしまった。

視界がぐらりと揺れる。

自分の言い切れなかった声に気づいたチェシャが、こっちを振り向いていた。
あの大きな木の枝のところから。
でも、大木の枝は、振り向いた顔は、横向きだった。

世界が、横向きになった。


どしゃあ、とうさぎはその場に倒れ込んだ。
身体の左半分に強い衝撃。
草むらだったから、それほど痛くはなかったけれど。
左側に倒れたことすら、そのときはわからなかった。

「ケーキ、」

いそいで立ち上がってその存在を確かめようと周りを見渡すと、ケーキは草むらの中に身を臥せてしまっていた。
いちごはいろいろな方向に飛び散っている。

そんな・・・。

あんなに、がんばってつくったのに。

やがて、その一連を見たチェシャねこが、うさぎのもとに駆けつけてきた。

「大丈夫か?」

チェシャねこは、へたりとその場に座り込んだまま動かないうさぎに声を掛ける。

その口が、ぼそぼそと動く。

「ケーキ」
「え?」
「せっかく、つくったのに」

うさぎは、わぁっと泣き出してしまった。

状況がよくわからずにいるチェシャねこは、いきなり泣き出してしまったうさぎに、ただおろおろするばかり。

「泣くなよ」

そんなことばを掛けるが、うさぎはしゃくりあげるばかり。
どうしようかと頭を悩ませていると、その近くにチョコレート色の物体を発見した。

そういえば、と思い出す。
こいつは、ケーキがどうとか言っていた。
このことか?
ケーキは草むらのなかに落ちてしまっている。
それを、チェシャねこは拾い上げた。

「落としたのか?」

ケーキを手に掲げながら言うと、うさぎの首がこくりと動く。

「なんだ、そんなこと」
「・・・そんなことってっ・・・・・・!」

チェシャねこの発したことばが癪にさわったうさぎは、なみだでくしゃくしゃの顔をあげた。

その顔が、驚愕に変わったのはすぐのこと。
うさぎが顔をあげて見た光景は、チェシャねこがうさぎのつくったケーキを食べている光景。
ケーキの、草がついたまわりをよけて真中を穿りながら。
チェシャねこは、もぐもぐと口を動かしながら、目をまるくしているうさぎに「うまい」と言ってやった。
そのことばを聞いて、うさぎの目にじわ〜、となみだが溜められてきた。
それを見て、チェシャねこはぎょっとする。
自分はなにかしてしまっただろうか。
チェシャねこがまたおろおろとし出したときに、助け舟がの声が掛けられた。

「はい、よく出来ました」

その声を発したのは、うさぎでも、チェシャねこでもなく、―――籠を持ったアリスだった。

アリスは、こっそりとうさぎのあとをつけていたのだ。
そんなアリスを、二人は驚きのまなざしで見つめる。
アリスのその籠のなかには、ティーポットやフォークが。
それを、いそいそと取り出し、お茶の準備をする。
そのあと、アリスは、チェシャねこが持っていたケーキをとりあげると、そのまわりを削って三等分に切り分けた。

「さあ、お茶にしましょ」





end

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