黒子
□10話
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「あれ、鍵…」
ガチャガチャ、とトイレのドアを開けようとしたら開かないではないか。しかも外からは水の流れる音がする。ちょ、まじで?となまえの頬がひくりと動いた瞬間、案の定ドアの上部から滝が流れてきた。
「ふふ、ウケる。」
「まじ調子乗り過ぎっしょ」
「バーカ」
「バカはお前らだコラ」
ショックで何も出来ないと踏んでいた女子生徒たちの読みは完璧に外れ、制服をビショビショにされたなまえは、怒り心頭でトイレと天井の隙間から体を乗り出していた。
***
教室の外で悲鳴が聞こえたかと思えば、数人の女子生徒たちが桃井の教室に飛び込んできた。教室は騒然とし、教師が彼女らに連れて行かれ、暫くして女子トイレからびしょ濡れのなまえと、髪を乱して頬を腫らしながら号泣している女子生徒が出てきたのを桃井たちは目撃した。
「ねぇ今のみょうじさん?なんか濡れてたけど…ていうか何か怖い」
「う、うん」
クラスメイトの言葉を聞きながら、桃井は先日「体育着が巣立っていった」と笑っていたなまえを思い出した。
「おい、さつき」
「な、なに青峰くん」
「お前なんか知ってんだろ」
いつもよりも低い声の青峰に、桃井は言葉を詰まらせる。彼女自身も確証はなく、全ては憶測でしか話が出来ないのだ。
「……ふーん、ま、あの感じだとたいしたことなさそうだよな。どっちかっつーと相手のほうがダメージでけぇんじゃね?つーかなまえめっちゃキレてね?」
「うん、そうだね…」
***
ペタペタとスリッパとジャージ姿で廊下を歩くなまえは異様に目立っていた。髪の毛からも未だに水が滴ってくる。だが異様なのはその容姿だけではなく、漂う雰囲気であった。怒りのオーラが全開である。そんな彼女はある教室のドアをガラリと開け、迷うことなく雑誌を読む男子生徒のもとへと歩みを進めた。
「なまえ、大丈「青峰、」
桃井の心配する言葉を遮り、なまえは低い声で青峰の名を呼ぶ。
「あ?フグォっ!?」
雑誌から頭を上げた青峰に彼女はラリアットをぶっかました。勿論クラスは一瞬で静寂に包まれた。
「てめっ調子乗んじゃねーぞっ!!」
「何で私ばっかり嫌がらせ受けなきゃなんないのよ!!あんたも便所に閉じ込められて水ぶっかけられなさいよバカっ!服はビチョビチョだし自前の体操着は未だに行方不明だし髪だってせっかく巻いてきたのに!!」
彼の怒りに怯むどころかなまえは息が続く限りまくし立てる。コロコロと喜怒哀楽が顕著ななまえではあるが、怒りの感情がここまで如実に出ているのは珍しい。
「あんたがそこそこモテてるっつーのは何となく知ってたけど、なんでそんな陰気臭い女ばっかりにモテるわけ?もっとまともな女にモテてみなさいよこのガングロデコスケ!そんなんだからいつまで経っても胸でしか女の価値を見出せないおっぱい星人なのよ!!」
「ちょっおま、えっ…何言って、」
「アホ峰ばっかりモテてズルい!不公平じゃないっ!!私だってモテたいし!たかだか噂程度で嫌がらせしようとする女共から守ってくれるような男子生徒にモテたいし!だいたいなんで青峰くんのジャージ着ただけで彼女にならなきゃいけないのよーっ!!!!」
キーーーーッ!!と地団駄を踏むなまえの言葉に、青峰は瞠目した。
「はぁ?いつから俺はお前と付き合ってることになってんだよ!!寝言は寝て言えって中学ん時から緑間に言われてんだろうがっ」
「IHの帰りに寒いからあんたのジャージ借りて家帰った時からだよ!どうせ噂になるなら黄瀬の方が百万倍良かったわボケぇ、てか寝言って非道くない!?まるで私が言い出しっぺみたいな言い方止めてよね、被害者は私なんですけどー?あんた私の何聞いてたの?ほんっとアホみにぇー「てんめー、それ以上アホ呼ばわりしたら犯すぞオラ」ゴベンナザイ」
ムニーと頬を掴み、青峰はなまえを制止した。彼女の怒りがどこへ向かっているのかはよく理解できないが、自分がその原因の一つであることだけはわかった。とはいえ、彼自身も無意識下での言動なわけで今更距離を置くのも正直面倒臭い。
「で、じゃあこれからどうすんだよ」
「どうしよっか。今から距離置くとか面倒だしねー」
どうやらなまえも考えてることは同じらしい。少なからず青峰は彼女のその返答にほっとした。
「ねえ、二人とも」
「「さつき?」」
「多分今ので、誤解は解けたと思うよ」