黒子

□9話
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いい具合に惰眠を貪った青峰はくぁっ、と欠伸をして屋上へと続いていた階段を降りようと手すりに手をかけたところ、二人の女子生徒が向かい合って何かを話していた。片方はなまえであった。壁に体を預ける姿勢の彼女と一瞬だけ目があった青峰であったが、なまえはすぐにぷいと視線を相手の生徒へと戻した。





「あの、みょうじさん」


「なに」


「そのっ、…お願いが、あるの」


「うん、なに」





その様子に青峰は「おまえもうちょっと愛想良くしろよ」などとガラにもなく思ってしまった。決して穏やかではないその空気に彼は二人を通り越せずにその場に立ちすくんでいる。





「あ、青峰くんと…別れて欲しいの」


「は?」





かったる過ぎて鼻でもほじりそうになっていたなまえと、何故かその場に居合わせてしまった青峰は瞠目した。え、青峰?え?みたいな状況である。





「私、青峰くんのことが好き…なの。きっとみょうじさんよりずっと青峰くんのことが好きだからっ、だから「私が青峰くんの彼女じゃなくなったらあなたが付き合うって?」


「え、……べ、別にそういうわけじゃ…」


「じゃあなんで別れろだなんて言うの?あなたには関係ないんじゃない?」


「そんなことっ、」





ばっと俯いていた顔をあげたかと思うと、女子生徒はまた俯きはっきりしない言葉を口の中でもにょもにょと紡いでいた。それを強い視線で見下ろしなまえは言葉を続ける。その表情ははっきりとした拒絶であり、離れた場所から見ていた青峰ですら正直怯んだ。





「本当のことを言うと、私と彼は別に付き合ってはいないから、青峰くんが誰に告白しようがされようがどうだっていいのよ。彼が幸せなら、やきもちどころか寧ろ喜べると思う。」


「え、」


「でも、自分の都合だけで人に別れてくれだなんて頼むような女を、彼は絶対選んだりしない。それに、あなたは自分が告白したらOKを貰える前提だなんてどれだけ頭の中がお花畑なの?少し自己評価を見直すべきなんじゃない?」





冷ややかに微笑むなまえに、女子生徒は戦慄していた、ように青峰は見た。彼女は彼に背中を向けていたので表情こそ見えないが、それだけでも充分伝わっていた。





「仮に私が青峰くんと付き合ってて訳あって別れたとして、その次にどう見ても私より格下なあなたと付き合うほど彼は女に困ったりしないと思うけど?それに彼の幼なじみ、さつきよ?胸以外の理想も高いと思うよ。ねぇ、愛しの青峰くん?」





悪人のような笑顔で青峰へと視線を移したなまえに従って、女子生徒は瞠目して彼女の視線の先へと体を向けた。顔を赤くしては急に血の気が引いて真っ青になった彼女は、みるみるうちに目に涙を溜めた。予期せぬ告白をしてしまった恥ずかしさか散々自分を貶されプライドをズタズタにされたところを見られてしまったからか、恐らくは後者のほうが割合として高いだろう、なまえも青峰も名前すら知らぬ女子生徒は脱兎のごとくその場を逃げ出した。それを当然の出来事のように見送るなまえを見て、青峰ははあぁぁぁ、と深い溜め息を吐いた。





「すげぇ性格悪かったのな、なまえ」


「当たり前のことを口にしただけで酷い言い様ね」


「俺はお前みてーに性格極悪な女とはぜってぇ付き合わねー」


「逃げ出してったあの子も、でしょう?」





まーな、と呟いて彼はなまえの頭をガシガシと乱暴に撫でてようやく階段をおりることが出来た。髪の毛を必死で直し背後で文句を言う彼女をあしらいながらも、彼女なりに自分を守ってくれたことに少なからず青峰は頬を緩めていた。

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