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□古の記憶
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 No.2 焔の祭り
東の果てにある小さな村、この村では今は語られない伝説がまだ息づいている。
年に一度、南から暖かい風が頬を撫でる季節になると村では祭りが開かれる。この村は竜を守り神として祭る伝統があり、村の北東には竜の祠と呼ばれる洞窟がある。この祭りでは村長と共に祠へと行き、竜神様に今年一年の平和と豊作を祈りに行く者を決める祭りなのだ。
 今年もまた、盛大な祭りが開かれる。
村は年に一度の祭りで賑わっていた。左を見ても右を見ても屋根に色とりどりの提灯を下げた出店が並んでいる。いつもは静かで寂しい通りなのだが、祭りの日には様々な人々が村の外から集まってくるため活気に溢れている・・・と言うよりこれは道が人に埋め尽くされ「人の河」が出来上がっていた。
そんな人の河を掻き分ける様にして、手に紅く光る‘小さな火’にも見える玉を嬉しそうに掲げながら走り回っている子供たちがいる。あれは祭りになると村長が子供たちにくれる、紅い焔と呼ばれるもので自分も今朝貰って家に置いてきた。
―もう子供じゃないんだけどなぁ
焔は村長が手のひらで空を仰ぐと、まるで花弁のように舞って現れるのだ。村長だけが焔を出すことを許されている、いや・・・代々の村長しか術をしらないのだから許す許さないの問題ではないのだけれど、村ではそう決められている。
この村の村長は竜神様の力を受け継がれているのだと、村の小さい子供は皆親に教えられる。自分は隣の家のおばさんが教えてくれた。
焔は祭りが終り翌日の朝には弾けるようにして消えてしまう、つまり約一日しか存在しないのだ。その理由は知らないし、別に疑問にも思ったことがなかった。
そんな事を頭でボヤキながら、人の河を掻き分け広場を目指した。
 村の中心にある広場には高く積み上げられた薪が大勢の人々に囲まれ、今か今かと燃え上がるその時を待っているかの様に見えた。
薪とそれを囲む人々との間には大人3人分ほどの間があり、そこに薪を背にして立っている村長と一人の男の子が目にはいった。
男の子は村長から紅い焔を貰いに来ていたようで、男の子は焔を天に翳しながら覗き込んでいる。月の光に照らされて焔の中で小さな火が揺れて輝く、男の子は笑顔で村長を見つめると勢いよく店の並んでいる通りへと駆け出していった。
優しく微笑みながら走ってゆく男の子を見送っていた村長は、男の子が人の波に消えるとゆっくりと薪と自分を取り囲んでいる人々を眺める。そして一呼吸置いてから口を開いた。
「今夜は年に一度の焔の祭り、皆楽しんでもらえておりますかな?」
村長の言葉に、集まっていた人々が歓声を上げる。すると今まで楽しげに音楽を奏でていた旅芸人たちが演奏をやめた。それが合図だったかのように静まり返る広場・・・。
「では創めよう」
静かな水面に一滴の雫を落とす様に優しい清んだ声だった。
薪を見上げるように振り替えると、天を仰ぐように両の手を広げる。村長の手のひらが紅く淡い輝きに包まれると、高く積み上げられた薪の上に赤々と燃える炎が現れた。炎は、村長が両の手のひらを天から薪へと差し出すと触れる薪を燃やすことなく薪の中へと消えていった。
人々が薪を見つめている、薪の中で確かに燃えて紅い光を放つ炎を見つめている。
炎は段々と色を濃くし、そして静かにでも勢いよく燃え上がった。人々は驚きと期待の声を上げた。
揺れ動く炎は時に火花を飛ばし、淡く光る花弁が風に吹かれて舞うように見えた。
飛んだのだ。まさしく火花が淡い光を携えた花弁のように飛んでいる。
この花弁の事を「導きの火」と呼んでいる。この祭りの主旨は始めにも説明したが、村長と共に祠へと祈りを捧げる者を選ぶための祭りで、この導きの火こそが祠への誘いを宣託する者なのだ。この火には意志が宿っていて、手元に導きの火が降り立ったものは純粋なる心の持ち主なのだと言われている。
今や誰も燃え盛る薪に目をくれず、風に運ばれ何所へ舞い降りる意とも知れない導きの火を見つめていた。
 ただ毎年同じように勢いよく燃え盛る炎から生まれ出る火の花弁を、ただ何気なく目で追いながらその淡い光に魅了されていた・・・だけだと思った。
紅く淡い光に包まれる不思議な火で出来た花弁。毎年その光景を見つめながら手の届かない何かを感じていた。でも今夜は違った。
手を伸ばせばこの手に掴むことが出来るのではないかと、何かが自分の心に訴えるかの様に導きの火の存在がとても近く感じられた。
降りてきた・・・。
手のひらに紅く淡い光をともした花弁が一枚、舞い降りていた。心のどこかでこうなる事を知っていた様な不思議な感覚と好奇心が体中を取り巻いた。
 導きの火は降り立った。一人の青年の手のひらの上に。その青年の容姿は、髪は白髪でヒスイの瞳をしていた。
導きの火を見つめていた人々は、青年の手のひらに舞い降りたのを見届けると一声に歓喜の声を上げ楽器の音が村を包み込んだ。
村長は、導きの火をただ見つめ続けている青年へと眼差し向けこう告げた。
「明日、私と共に竜の祠へと旅立つものが決まった。名はフリーディア・イア」
青年の名前はフリーディア、自分の名前を呼んだ村長の声も周りの人々の歓声も彼の耳には届いていなかった。
村は更なる活気に満ち溢れ、月夜の焔の祭りは明け方まで続いた。
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