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□ナナへの気持ち
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いま、もし。

いま、もし、陽子が、一つでも卑屈なことばを言ったら、ここを数日のうちには出よう。

ふと鈴は思う。

わたしが不甲斐ないばかりにあんなことを言わせてごめん

もしそういうことをひとつでも言えば。

いつか、出ようと決めているのだ。

それなら、もし、いま陽子が為政者らしからぬことを言うなら、きっと私は出て行こう。すぐにでも。

そんなことをこころに決めて、じっと陽子の顔を見る。

陽子は申し訳なさそうな顔をゆっくりゆっくりと胸の中にしまい、鈴の書物を半分持った。

「ああ、いいのよ、そんなの陽子が持たなくたって」

「なに、鍛練だよ。さいきん机仕事がたまって体を動かしていないから」

「そう?なら、助かるけど」

黙って、二人で回廊を歩く。

雲雀に似た鳴き声が、庭院のほうから聞こえてきた。

まださっきの決心は、胸に秘めたままだ。

「鈴」

不意に、名を呼ばれて鈴は内心どきりとする。

この先の、身の振り方をとっさにいちから考えた。

「言わせておけよ」

「え?」

「さっきみたいなのは、言わせておけばいい」

王は、陽子は、片目をつぶって、実に魅惑的に笑う。

「わたしは、鈴がいないとこまる」



「それだけ、覚えといてくれたらいいよ」



鈴は、思わず吹き出す。

きっと、このこは、なんにもわかってないわね。

愉快な気分になる。

わたしが、あんな悪口、屁とも思ってないことも。

誰にも話していない、ゆめのことも。

陽子へのきもちも、なぁんにも。

それが、どうしようもないくらい、愛おしかった。

愛おしくて、憎らしくて、嬉しくて、我慢しないと、涙がでそうなくらい。

「人たらし」

「えっ?」

「陽子の人たらし!」

陽子が、またえへへとはにかむ。

密かな決心は、柔らかな笑顔にとけて今は消える。

まだよ、まだ。

鈴は、じぶんの胸に、語りかけた。

まだ、もうしばらく、ここにいる。

いつか出ていくだろうけれど、いまは、まだ。



雲雀の鳴き声が、耳にまぶしい。







fin.

→アトガキ
一度、かいみたかった、陽子と鈴のおはなしです。
鈴は、いつも物静かに微笑んでいるイメージがあるけれど、ほんとうはいったいどんなことを考えてるんだろう。
まわりのひとが思いも及ばないことを、あの静かな微笑みのしたで考えているのかも。

そういうふうに思ったときのおはなしです。


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