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□どんどどん
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どんどどん
どんどどん、どんどどん
いきているあかし。
いきて、めしをたべ、しごとをし、くたくたになってまたつぎのひをいきる。
どんどどん、どんどどん
絳攸は、くたくたになって吏部の回廊を歩いていた。
もうざっと五晩は邸に帰っていなかったし、もちろん寝台でなど眠っていない。
毎晩限界まで仕事を片付け、もうそろそろ寝なければ数時間後の仕事に差し支えがあろうというぎりぎりになるまで働き、吏部官吏たちが屍々累々と横たわる仮眠室で窮屈な思いをしながら生命維持に必要なぶんだけ睡眠を摂る。
もう嫌だ、もう今度こそこんな部署やめてやる…
両目の下は薄荷油の塗りすぎでひりひりして、指は紙でつくった切り傷だらけだった。
ああ、なんで俺の部署はあんななんだ、なんで俺の上司はあんななんだろう。
日に日に冷たくなっていく空気が、荒れた肌をひゅうと撫でる。
なんで俺、あんなひとに拾われたんだろう…
いまさらながらそんな風に考え出したらもう止まらなかった。
くさくさした心は、目端にうつる片っ端から絳攸の怒りを煽る。
屑篭の中身がまったく片付けられていない。いったい下官はなにしてる。
それに筆が一本転がっていて(たぶん誰かが苛々して室から投げたんだろう)、腹立たしいことにそれは回廊に黒い染みをはっきりと残している。
憎々しげにそれを睨んだところで、視界の端にサッと何かが映った。
(……?)
夜目にちらっと映ったそれは、目を懲らすと、どうやら人間のようだった。
「おい、誰かいるのか?」
ひょっとして、物盗りか何かだったらどうしよう、武器になりそうなものは…クソ、吏部室にある文鎮くらいしかないじゃないか!
徹夜続き特有の妙に冴え渡ったアタマで、にじりと足の向きを吏部室の方へ向けると、知った声がした。
「…絳攸さま?」
ひょこりと暗闇の中から現れたのは秀麗で、彼女はバツの悪そうな顔でえへへと笑った。
「秀麗じゃないか!いったい何をしてる」
「いえ、何をってほどでは…」
いつもの秀麗に似合わず、歯切れ悪く答えるのに首を傾げながら近くまで寄った。
「なんだ、お前も残業か?まあ御史台も忙しいって聞くからな…」
「いえ、そんな…吏部に比べれば…除目の時期ですものね。毎晩こんな時間までお疲れさまです」
「ああ…うん、まあ…」
どことなくぎこちない会話に少々居心地悪く感じながら、共に連れ立って回廊を歩いた。
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