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□聞かせてよ
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聞かせてよ




「ええと…その…だから…」

歯切れの悪い様子に秀麗は思わず苦笑した。

いつもそう。肝心なところで彼はカッコよく決められないのだ。

すぐ泣くし、すぐ鼻水垂らすし、すぐ拗ねるし。

でも、絶対にわたしのこと諦めないんだもの。

なにがなんでもわたしがいいって、言うんだもの。

白状すると

あなたは初恋のひとではないし、好きだと言われた唯一のひとではないし、はっきり言って好みじゃない。

ドキッとした男のひとならいままでにたくさんいるし、このひととならお付き合いしてみたいと思った男のひともそれなりにいるし、でもあなたと結婚したいと思ったことなんて一度もない。

でもわたし、あなたを幸せにしてあげたいと、そればかり考えて生きてきたの。

あなたが膝をついて、わたしを欲しいというのなら、

それがあなたの幸せだというのなら、

わたしはそれを叶えてあげる。

大好きな仕事だってもういいわ、辞めてあげる。

大好きな父様と静蘭の家も出ましょう、寂しいけれど。

大好きな町での暮らしも捨てましょう、もうお米の心配はしなくていいのね。

だからほら、ちゃんと聞かせて。

こんなときくらいカッコよく、わたしにほしい言葉をちょうだい。

男は途方に暮れたように、しかし必死の形相で、秀麗の目の前で膝を付いた。

震える手で秀麗の手を取り、真摯な瞳で秀麗を見上げる。

「どうか余の、妻となってほしい」

それだけ言って、とうとう目を潤ませてしまった。

「やだ、なんであんたが泣くのよ」

「うるさいな」

「カッコ悪い」

「うるさいな」

「ダメ劉輝」

「うるさい。そなたも泣いているくせに。おあいこだ」

「うるさいわね。結婚してあげないわよ」

「いやだ秀麗!後生だから!」

やっぱり泣きついてくる劉輝は、やっぱりカッコ悪かった。

はっきり言って好みじゃないし、結婚したいと思ったこともない。

でもやっぱり、自分が幸せにするなら彼しかその相手になり得なかった。

そこにあったのは、もうとっくに愛だった。

「頼む、秀麗。泣いていないで、余の妻になってくれ」

劉輝三十二歳、上治五年の春のことである。



fin.


(アトガキ)
一番最初は劉輝と秀麗って決めてました。
これっくらいがふたりにはちょうどいいんじゃないかと思います。
返す返すも思うのは、劉輝よかったね、ってことですよね。




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